お金を稼ぐためならば
三人の我が子を育てるためなら、どんな手段を使ってでもお金を稼がなければならないと誓った。
だから、私は今ラブホテルにいる。子供たちは母に預けた。
「へえ、シングルマザーなんだ」
「そう。見えないでしょ」
「全然」
話しているのは、マッチングアプリで出会った男。ホテルの入り口から部屋までの短い時間に、男が話しかけてきたので雑談をした。一見して普通の男だが、目はしっかりと胸と尻ばかり見つめている。
「シャワー、先に浴びて良い?」
「いいよ」
部屋に着いて、脱衣所に向かった。半透明の扉を閉めたが、服には手を付けない。
分かっている。ここで着替える意味なんてないことを。
「うわあああああああああ!?」
男の悲鳴。耳を塞ぐ。目をつむる。絶対に、絶対に後ろは振り返らない。ごとごとといくらか物音がしたあと、ようやく静かになった。私はおそるおそる脱衣所を出る。
男はいない。代わりに、女がいた。
長い黒髪で、胸が豊かな白い服の女。だがその顔に目も鼻も口もなく、代わりに顔面に数センチくらいの大きさの穴が無数に開いていた。そしてその穴から、触手のような、肌色の、透明な粘液に塗れた“何か“が生えていた。
『…………………』
女は私に近寄る。私はびくりと体を強張らせる。
(……何度やっても、この瞬間には慣れることはなさそう)
女は、握っていた手を出す。私が両手を差し出したら、女は握りしめていた手を開けた。
手の上に落ちたのは、くしゃくしゃになった一万円札。それが十数枚。
「あ……ありがとう、ございます……」
『…………』
女は無言。私は荷物を持って、一目散にホテルを出た。目指すは銀行。この金を保育園の利用料として振り込まなければならない。余りは貯金だ。
男の行方は知らない。あの女に返り血がついていたことはないから、きっと生きているんだろう。逃げたのだ。多分。きっとそうだ。そうに違いない。そうで、あってほしい。
握りしめていた十三万円を入金して、どっと疲れが出た。よろよろと銀行の椅子に座り込む。
携帯が鳴って確認すると母からLINEがきていた。子供といっしょにケーキを作ったらしく、笑顔の我が子たちと、形が崩れたケーキがいっしょに写っている。つい、顔が緩んでしまう。
そして、同時に別のところからLINEがきた。
『つぎは とおかご に』
一瞬で顔が緊張する。
けれど、これしかない。これしかないのだ。学もないし、離婚する前は専業主婦だったので職歴もない女が、何かにつけて暴力を振るってくる元夫に頼らず、三つ子の子供を不自由させることなく育てていくには。
「何だって……やる……」
声を絞り出して、誓いを新たにする。
どんな手段を使ってでも、私は子供たちのために、お金を稼がねばならないのだ。
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