喫茶店とネットワークビジネス

 喫茶店に来たら、男の人たちが会話をしていた。


「古い時代のやり方にこだわるのは良くない。ビジネスっていうのは常に一分一秒、刻々と進化しているんです。そして今、あなたはビジネスの最先端を見て、そこに存在する権利を手に入れようとしているんです」

「ええと……」

 少し離れた席の、知らない男の人たちの会話。店内はそううるさくないので聞こうとしなくても何の話をしているかわかる。

 ネットワークビジネスというやつだ。詳しくはないがねずみ講みたいなものだと聞いたことがある。

「こんなところでそんなもんに遭遇しちまうとはな……」

 隣に座っている不動くんはアイスコーヒーを啜る。

「アイスコーヒーがますます美味くなっちまうな……」

「なんで」

「俺は警察24時が好きなんだ」

 要は修羅場が好きなのである。そういえば、前にも友達の女の子が付き合っている人が既婚者だと発覚して相手の家に乗り込むのに便乗してついていったとか言っていた。

「安全圏から眺める"現場"はいいねえ。見応えがある。

 果たして詐欺師はあの気の弱そうな兄ちゃんを食うのか? それともあの兄ちゃんがあんな顔して能ある鷹は爪を隠してるのか? 結末はどちらだろうか……どっちが勝っても負けても俺に被害がないから純粋にエンターテイメントとして見れる。アイスコーヒーがうまいうまい」

「趣味悪いよ。

 あと向こうに聞こえてるよ。睨まれてるし」

 ただでさえ声が大きいのに自重する気がない。詐欺師がやりにくそうな顔でこっちを睨み付けて、被害者候補もこちらを伺うように見つめている。

「え~~怖ぁい。警察に電話しちゃおうかな~~」

 しばらく向こうで小声でのやり取りがあったあと、詐欺師は喫茶店を出ていった。こんな煽り男がいる場で詐欺はできないだろう。弱気そうな男性も支払いをしている。

「あの兄ちゃん、こっちの伝票もってくれないかな。一応助けたんだぜ」

「こら。お行儀悪いよ」

 

「怒らせたら何されるかわからないから煽っちゃダメだよ」

「はぁい」

 喫茶店からの帰り、一応注意しておいた。聞いてくれるかどうかは怪しいが。

「ま、さっきのはさっさと出てってくれてありがたかったけど」

「だよなぁ。俺はともかく他の客の飲み物が不味くなっちまう」

「それもあるけど、別にね」

「別?」

 きっとあの人は昔から詐欺や、他にもいろいろ悪いことをしてきた人なんだと思う。

「怨念なんだか悪霊なんだかわかんないけど、とにかく何かの塊みたいなお化けが貼り付いてたというか絡まってたというか……そんなのがいたの。

 それで、体に思い切り食らいついていて、私には内臓がぼろぼろ零れてるように見えた。多分もう永くないだろうなっていうのがよくわかるの」

「ははっ、悪は滅するのかいいことだ! まあ店内にそんなお化けがいるなんて三島には嫌だよなあ」

「というか……」

 サイレンを鳴らした救急車が近くを通りすぎ、すぐ目の前の角を曲がって止まった。

「お、なんだなんだ」

 野次馬根性を発揮した不動くんがウキウキで角を曲がる。そこには人に囲まれた中に、男の人が血を吐いて倒れていた。救急隊員が声をかけるが、ぴくりとも反応がない。

 それは、さっきの詐欺師に見えた。

「私には……本当に、今すぐに……ダメになりそうに見えたの」

「当たりじゃあん」

 救急車に乗せられていく。その間も救急隊員が話しかけるが、救急車が去っていくまで一瞬たりとて反応することがなかった。

「喫茶店の中であんな風に倒れられたらね……迷惑だし。路上でも迷惑だけどまだマシかな」

「つまり結果的に追い出した俺は徳を積んだってことだよな」

「……むやみに煽るのはダメ」

「残念」

 ふふ、とまったく反省しない顔の不動くん。

 救急車の音は、どんどん遠ざかっていった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る