悲鳴屋さん

「なあ、放課後またどこか行こうぜ」


 悪党の顔で日陰が笑う。俺たちは全員で首を横に降るが、肩を掴まれ「じゃあ、どこに行く?」と有無を言わさず予定がたてられそうになった。あれこれと行きたいところを語られるが全部が心霊スポットだの事故物件だのそのてのものだ。

「いいじゃん~行こうぜ~。七不思議を馬鹿にしてたくせに……ふふっ、そんなお前らの情けない悲鳴が面白かったんだよぉ」

 動機が最悪である。さすが尊大で性根が悪くて態度がでかい男は非道なこともためらいなく行う。

「やだって。行かねえよ」

「俺は行くの。ほら、誰か一人ついてきてくれるやつ決めてもいいぜ」

 こうなったら同行者……もとい生け贄を決めるかと考えたとき、一人がさっと近くの席の女子の背中に隠れた。

「…………」

「助けてよぉ、三島ちゃん」

 それを見て全員が三島の陰に隠れた。暴君がこのクラスでただ二人だけ頭を垂れるのが親友の御山と想い人の三島だ。御山は今席を外しているから、止められるのは三島しかいない。

「あ゛? 三島を盾にすんのかテメェ」

「……お友達をいじめちゃだめだよ」

 呼んでいた本を閉じてはぁ、とため息をつく。がんばれ三島お前だけが希望だ。

「でもさぁ、俺今日は面白い悲……怖いところに行きたいなあって」

 サディストもほどほどにしてほしい。

「じゃあ、悲鳴を聞かせてあげるから、お友達をいじめちゃだめだよ」

 聞かせてあげる? 俺らも不動も不思議そうな顔をする中、三島だけが淡々と「じゃあ放課後ね」とだけ言って本を開いた。


*****


 放課後、俺たちは不動と三島を尾行していた。悲鳴を聞かせてあげるとはなんぞや? 非合法な香りがしてきたので、全員で二人の背中を追う。

 人気のない道を通っていくと、行き止まりになった。まるで漫画にありそうな三方が壁に囲まれたどん詰まり。そして三島は、何かが書かれた紙を壁に貼り付けた。するとみるまに紙は壁のなかに吸い込まれていく。ぎょっとしていると、不動が「それなに?」と聞いていた。

「悲鳴屋さんだよ」

「ヒメーヤサン?」

「悲鳴屋さんは悲鳴を集めることが好きな妖精さんなの。町中の悲鳴を集めてるんだよ」

「趣味悪いぞ」

「それでね、お願いしたら貸してくれるの」

 貸し? そう思ったときに、全身に衝撃が走る。


『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』


 絶叫が耳に突撃してきた。すぐに耳を塞ぐが悲鳴の質、量ともに変わらない。まるで頭のなかに直接響いているようだ。


『いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』


 この世の苦しみを全て集めたような、聞いているだけで心が壊れそうな、男の悲鳴。女の悲鳴。それらが何重にもなって、頭を、耳を、攻め立ててきた。立っていることすらできず、無意味なのに耳を塞いで地面に転がる。

 俺だけじゃなく他の友人もあまりの悲鳴に踞っていると、急に悲鳴が途切れて静寂が戻ってきた。

「…………あとつけてきちゃダメだよ」

 いつの間にか三島が前に立っていた。

「巻き込んじゃった。ごめんね」

「お、おう……」

 そうとしか言えず立ち上がったとき「ちょっとぉ!」と不動の叫び声が聞こえてきた。

「俺にはまだ聞こえてんだけどぉ! クッソうるせえ!!!」

 両耳を手で塞いだ不動が顔をしかめている。

「……悲鳴、聞きたいじゃないの?」

「俺はもっと情けなくてエンターテイメント性のあるやつがさあ!!!!!」

「ガキ使か水曜日のダウンタウンとかのDVD見なよ。

 ……お友達、もういじめない?」

「いじめじゃねえよ! 愛だよ! 友情! か弱いやつって守りたくなるだろ!?」

「………………」

「わかったわかった約束するからぁ!」

「いじめといじりの境界は曖昧だから、気を付けてね」

 そうしゃべった瞬間、不動が耳から手を離した。

「あー、うるさかった」

「あれをうるさいで済ますのかよ……」

「あのくらいでビビるわけねえだろ」

「人の心がねえのかお前は」

「……………………………………………………………」

 不動の口が閉じる。いかん、怒らせたかもしれない。

「じゃ、帰ろうか」

 三島が不動の手を引く。自然と俺たちもそれについていくことになった。

「なあ、三島ちゃん」

「なあに?」

「えっと、悲鳴を集めるお化けがいるってこと……か?」

「そうだよ」

 それを聞いて、みんなが顔を見合わせる。三島の言葉を信じるなら、それはつまりあの悲鳴は過去に誰かが叫んだこと、つまり誰かがあの悲鳴をあげるくらいの苦痛を受けたことになる。

 どんな恐ろしい拷問か? と身震いがした。

「で、なんの悲鳴なんだよあれ」

 このまま忘れてしまいたかったそれを、不動はあっさり口にした。

「尿路結石」

「…………………あのウニみてえな石がちんこから出てくるやつ?」

「そうだよ」

 尿路結石。それは尿が腎臓から尿道に通る際にできあがる結石であり、それが詰まったときの痛みは「三大激痛」と呼ばれるほどのものだ。不動はちんことか言っていたが、女でも苛まれることはある。

「現代で悲鳴をあげる機会があるところはまあ、病院だよね。だから悲鳴屋さんのコレクションはだいたい病院関係なの」

「尿路結石ってそんな地獄なのか……」

 生涯のうち十人に一人はなってしまうという激痛。自分たちの未来を思い描いて、男は全員しんとなった。

「女の人の声は、出産のときのやつだね」

「わあ………」

 偉大なる母はあのような地獄をくぐりぬけて自分たちを産んだ。自然と畏敬の念が湧いてくる。

「自分の体と、お母さんや将来の奥さんのことは大切にしようね」

 じゃあね、と三島は曲がり角で手を振った。男たちは無言でその場に佇んでいると、ごう、と強い風が一つ吹く。

 ほんの一瞬舞った木の葉が降りるころには、三島の背中は見えなくなっていた。

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