架空の恋人
彼氏がいるふりをした。
なんでそんなことを、といえば日々の乾いた生活のなかに一滴の潤いを、と思ったからだ。その潤いはただの蜃気楼であるが、何が嘘か本当かはわからないSNSの上では一人暮らしの寂しさをごまかすくらいの効果はあった。
『レイくんと昼食』
『プレゼント買いにきた』
『二人で映画見ようとは決めてるけど何見るかは決めてない』
『二人で旅行行きたいねーって言い続けて三年目』
マウンティングとか、自慢とか、そういうのじゃない。ただ、みんなが彼氏を作ったり、結婚したりしているなかで、何もない自分から目をそらしたいだけ。
「やめたら?」
友人にばれた。
「嘘はさー人生を壊すよ」
「人生って……」
おおげさだなあ、と笑うが友人は真面目な顔をしている。
「身内しか見てないだろうからってSNSでくっだらない嘘ついて炎上とかあるでしょ」
「犯罪みたいなことは書いてないって」
「そうじゃなくて何に足引っ張られるかわかんないってこと。記録としてしっかり残っちゃうから変なこと書くのやめときな」
飲み会から帰って、SNSを見る「レイくん」と見た古い映画が面白かったというツイートにいいねがついていた。
「…………」
彼氏のレイくん。
存在しないレイくん。
『この店行きたいけどレイくん甘いもの苦手だから一人でいくはめになりそう』
『髪切ってから三日目でようやくレイくん気づいた』
SNSの自分はずいぶん楽しそうだ。本当はただ寂しい女が一人いるだけなのに。
「別に……このくらい……」
この程度の嘘で、人生がゆらぐわけはない。
*****
「かわいい子じゃないですか。好み」
社員食堂ですれ違った人。格別美人なわけではないが、少し地味なくらいの人のほうが好みな自分は目を奪われた。
「総務の山田さんか」
「知ってるんすか」
「大学同じ」
隣の席の先輩は麺をすする。
「山田さん、彼氏とかいます?」
「いやそこまでは……んー……ずっと前にTwitterのアカウント教えてもらったはずだから……あった」
スマートフォンをつきつけられた。Twitterの画面が表示されている。
「レイくんだって」
「あーあ」
「残念残念」
「笑わないでくださいよー」
いやでも本当に残念だ、と。恋になる前に萎れたそれは、喧騒のなかで瞬く間に忘れ去りていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます