サクラちゃん(後編)

 サクラちゃんは、怒っていた。


『なんで!?』

 それは遠い日の記憶。幼い頃の昔話。もうどうしようもない過去の染み。

『なんで、私がいるでしょ!?』

「や、やだ……」

 サクラちゃんに出会ったのは、一人で森を探検していたときのことだ。なぜかその森の中に一軒家があり、サクラちゃんはそこから出てきた。そして自分を招いてお茶をして、そこから仲良くなった。

 当時の自分はなぜかサクラちゃんのことを周囲に秘密にしていた。なぜだかはわからない。でももしサクラちゃんに不思議な力があるとするのなら、それもサクラちゃんの仕業なのかもしれない。

 だって、サクラちゃんは日に日に自分のことを独占しようとしていたから。

『お友達ができたなんて初めて』

『いっぱい遊んでいってね』

『もっといてもいいんだよ?』

『……昨日も他の子と遊んだの?』

『私といるほうが楽しいと思うよ』

『他の女の子としゃべらないで』

『将来結婚してあげる』

『家になんか帰らなくていいよ』

 そんなサクラちゃんのことが重くなって、遊びに来ないと宣言したのだ。

『他の女!? 他の女なんでしょ!? 他の女ができたんでしょ!』

 そもそもサクラちゃんとは友達で付き合っていないから他の女もなにもないのだが。

『許せない許せない許せない! こんなところで一人ぼっちで、私にはあなたしかいないのに!』

「ふ、普通に仲良く……」

『ダメよ』

 怖い顔をして、こっちを見ている。

『あなたは私のものって、私、決めたから』

 手に、大きな石を持って。

『私のものにならないのなら、死んじゃえ』


『開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ! 開けろ!!!!!』

 ドンドンドンドンとドアが乱暴に叩かれている。今にも壊されて中に入られそうなくらいだ。

(思い出した……)

 位置を悟られぬよう、音をたてずに移動する。目指すは、二階。

(捕まる前に、アレを……)

 静かに廊下を渡り、階段を登り、夫婦の寝室へと移動する。

(たしかこのあたりに……)

『どこだどこだどこだどこだどこだどこだどこだどこだどこだどこだ』

 寝室のドア一枚隔てた向こう。廊下から、声がした。

(もう入り込んでるのか!?)

『どこだどこだどこだどこ…………………………………………………………………………………………………………………』

 声が、止まる。気配は、ドアの前。

『開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ!!!!!!!!!』

「ひっ……」 

 情けない声が出た。

『いた』

 嬉しそうな色を含んだ声。そしてバキっといえ何かを破壊する音とともに、鍵をかけていたはずのドアが開く。

『…………………………………………………………………………』

 こちらを認識したあと、にんまりと笑った。

 姿はサクラちゃんのまま。身長も服も顔も何もかも。 

「あの」

『うるさい』

 黒い染みがついた石を両手で弄んでいる。

『私を悲しませたら死ねば良いと思う。けどお前は死んでない』

「…………」

『死刑』

 石を大きく振りかぶる。あのときのように。それを情けない体勢でなんとかかわす。

「俺は!!!」

『……?』

「俺は君のことを友達だと思ってた! 独占とか、ずっといっしょにいるとかできないけど、普通の大切な友達だって! 恋人とかにはなれないけど、大切な友達だと思ってた」

『…………』

「けど俺は家族とか、男友達も大切だから」

『何言ってるんだお前』

 サクラちゃんが冷たい目線を送ってくる。

『今さら何言っても遅いんだよ。お前は私を悲しませた。なら死ね。とっとと……死んでしまえ』

 大きな石が頭に迫ってくる。尻餅をついた自分に、禍々しい顔で石を叩きつけようとする顔は、たしかにあのときのサクラちゃんと一緒だった。


 しゃきっ


 軽い軽い、金属が交わる音。

『え……………』

 石は頭に叩きつけられる前に、まっぷたつになってフローリングに転がっていた。

「はー…………」

 息を吐く。緊張した。手の中の鋏を見る。それには、dokidoki-san.comという刻印があった。

『お前それ、聞いたことある。あのクソッタレの心臓頭の……』

「『ドキドキさんのなんでもお裁縫箱』」

 商品名を唱える。

「……の、付属の、『なんでも切れる鋏』。布も鉄も石も夢も怒りも」

 刃を向ける。

「愛も、殺意も」

『お前っ……』


 しゃきっ


 軽い軽い、金属が擦れる音。


*****


『いやー。毎度ありがとうございまーす』

「……今さら聞くけどさあ、あんた何者だよ」

 サクラちゃんはもういない。鋏の刃を交えたあとは、途端に俺に興味を失って去っていった。魔法のごときアイテムを自分へ渡したSkypeの向こう側の奇人は笑うだけだ。

『ふふふふふ秘密秘密。でもお役に立てたようで何より何より。今後もご贔屓に』

「ああ。時間を遡れる時計なんて置いてるところだからなあんたのとこは……」

 数年前に、時間を遡れる時計を手にいれた。当時刑務所から出所したばかりの俺は、それを使って罪を犯す前の時間へと遡って、それ以来一般人生活をしている。

 サクラちゃんの手紙が来て、根拠はないがイタズラではなく本物だと確信して、時計を販売していた通販ショップに連絡しておすすめの逸品という『ドキドキさんのなんでもお裁縫箱』を手にいれたのだ。あとは店主の『ドキドキさん』にアドバイスされとおりに動いた。

「なあ」

『はいはい』

「あんたなら、サクラちゃんが何者だったのか、わかるか?」

 サクラちゃんの見た目は完全に昔のままだった。時間の経過を考えるとあり得ないことだ。フフフフフ、と奇人は笑う。

『さあ? この世に不思議なヒトはたーーーーーくさんいるからね、フフフフフフフ……』

「……そうかい」

『お化けだよお化け。お客さんはそれだけ知ってればいいの。そうすればまだ安全だよ。』

「………………」

『踏み込みすぎると、ほら。

 自分みたいになるからね。フフフフフフフ……』

 電子世界の向こう側で、心臓頭の奇人は笑った。





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