孕み腹

 昔の友達から聞いた話だ。


 その友達が小学生だったころ、関西のとある団地に住んでいたらしい。その団地の近くには広い森があって、そこでよく遊んでいたそうだ。森の中には遥か昔に使われなくなったやたら短いトンネルがあり、その周辺は地形がなだらかだったのでその辺りを遊び場にしていたそうだ。

 ある日友達は一人でトンネルの近くに来た。そのとき流行っていた"宝探しゲーム"の準備のためだ。事前に決めていたエリアにおもちゃを埋めておいて、当日はみんなで探して最後まで隠し通したやつが勝ち……そういうゲーム。

 分かりにくく、かつズルいと非難されない程度の絶妙な位置を探してトンネルの周囲をうろうろする。そのうちにトンネルの中に入った。トンネルといってもいやに短く、入り口の時点で出口の明かりが十分に入ってくるくらいだ。良い場所がないかときょろきょろしていると、変なものがあった。

「え…………」

 壁から、腹が生えていた。

 弟を妊娠していたときのお母さんみたいな、丸く大きな腹だ。そんな膨らんだ腹だけが、そういうオブジェかのように、トンネルの壁から生えている。なんの音もなく、身動きもせず、現代アートのようなシュールさがあった。


 ぞ……


 微かな音がする。何かが擦れたような音。音の元がわからないほど微かな音だったけれど、たしかに同時に目の前の腹が、中から何かに突かれたかのように一瞬だけ形を変えた。

 気味が悪くなったので、その場から逃げ出した。


 数日後。

「どこに隠したんだよお前ー」

「こっちだよこっち」

「………………」

 宝探しゲームでは、負けた。勝った友達が先頭になり、隠し場所へと案内される。

「ここの中だよ」

「隠す場所なんてねえだろ」

「…………!」

 案内されたのはトンネルの中。躊躇いながらも最後尾で中に入ると、壁から生えた腹なんてものはなかった。いつも通りの、古くて風雨で劣化した壁があるだけだ。

「ここに窪みがあるんだよ」

「えー、わかんねえよこんなとこー」

「ズルだろ」

「ズルじゃねえよ」

 みんなの声を聞きながら、やっぱりこの前のは幻覚か何かだろうかと考えていると、耳がどこかから甲高い声を捉えた。

「おい……」

「ん? なんか聞こえる……」

「あっちからだ」

 自然と友達みんなでそちらに移動する。トンネルを抜けた先の原っぱに……。


*****


「赤ん坊がいました、と」

「赤ちゃんが?」

「とりあえず一番近いとこに住んでたやつの親に見せてー、警察に通報してー、どっかの施設に行ったらしいけど」

 不動くんが食べた煎餅がぱり、と小気味の良い音を食べる。

「ニュースにもなったけど誰の子供かはさっぱりわかんなかったって。でさあ、いるの? トンネルの壁に生えるお化け」

 そいつが産んだんじゃねえの? と不動くんはニヤリと笑う。

「多分孕み腹ってお化けだと思うけど」

「ハラミバラ?」

「うん。なんでも妊娠しちゃうの。人間の赤ちゃんだけじゃなくて、動物も、虫も、お化けも、妖精さんも、"孕む"ものはなんでも。で、産まれたらまた近くの壁なり樹木なりに移動するの。三回何かを産んだら遠くに行くの」

「迷惑なやつだなあ」

「でも人間の赤ちゃんならまだマシだよ」

「んー、お化けとか産んだら大変とか?」

「それもあるけど、"危険を孕む"って言葉、あるでしょ」

「あるけど……」

「孕めるものはなんでも孕むの。だから"危険を孕む"って言葉があるから、"危険"も孕むの」

 不動くんは疑問符を浮かべている。

「危険って、何?」

「"危険を孕む"って言葉にはどんな言葉か指定されていないよね。だから、産んだ危険がどんな"危険"になるかはわからないよ。ただ、確実に"危険"であることは間違いないの」

「そういう概念で攻撃するやつはさー強キャラすぎるじゃん」

 すすす、とスマホの画面を撫でる。記憶を掘り起こして該当の団地の名前で検索すると、近隣の森で起きた原因不明の火事を報じるニュース記事があった。火元はトンネル……の近くの樹木のようだ。

「……この火事で死んでたら間抜けだぞ」

「だよねぇ」

「やっぱ強キャラじゃねえわ」

 そう言って、スマホのタブを閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る