昔、父親に聞いたことがある。


 実家の最寄り駅はたまに人身事故……飛び込み自殺でたまに電車が止まる。

「でさあ、俺見たことあるんだよ。幽霊、みたいなの……」

 数年前のGW明けの憂鬱な日、視界の端に何か変なものがうつったからそちらのほうを向くと、女の幽霊がいたという。

 女の幽霊といっても、首や腕がいやに長く化け物といったほうが良い見た目だったそうだ。他の人々はそれを一切気にすることなく電車を待っているため、女が見えているのは自分だけだと直感でわかったという。

 目が合わないように、でも気になって、小説を読むふりをしながら女をチラチラと見ているとやがて電車が近づいてくる音がした。

 そのとき、女が群衆の中から一際陰鬱そうな顔をした男の腕を引っ張った。

「で……そいつ、飛び込んじまったんだよ。最悪だよ」

 あれは自殺ではなく、その化け物女に殺されたのだと父は語った。駅員をしている友人に尋ねると、GW明けには必ずといっていいほど人身事故が起こるか、ギリギリのところで踏みとどまる事故寸前の事態になるという。

 父は確信した。全てはその女の化け物のせいだと。

「お前も、GW明けは気を付けろよ」

(……と言ってもなあ)

 GW明けの久しぶりの出社。新社会人への警告にしてはやたらとオカルトなそれを頭に浮かべながら階段を上る。

(ホームドアあるしな……)

 最寄り駅にも最近ようやくつけられたホームドア。これがあれば飛び込み自殺の心配はないだう。

(まあ一応、後ろのほうで待ってることにするか……)

 そんな風に考えながらホームへと降り立つと「うわっ! なにこれ!」というどよめきが聞こえてきた。

「なんかさあ、始発のときにはもうこれだったらしいよ」

「誰がやったのよこれ~……」

「あーあ、新品なのに」

「動くのこれ?」

 ざわざわとした人波の向こうには、何発も何発も殴られたのか、大きくへこみができたホームドアがあった。

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