なかよし学級

 通っていた小学校に、なかよし学級があった。


 なかよし学級というとなんなのかというと、障害児が通うクラスである。生徒はたった一人で、どんな子かはよくわからない。ただ、足が動かないとかそういうのではなく、頭が"アレ"な子だということは風の噂で聞いていた。

 だからといって、関わる理由もないので特に接触することなく暮らしていた。

「日陰ー、帰ろうぜ」

「おう」

 友達と校庭で遊んでいて日も傾いたころ、子供だった不動は一旦校舎に戻りランドセルにペンケースや教科書を詰め込んで、友達といっしょに廊下を進む。

 夕闇で薄暗い橙に染まる廊下のど真ん中に、子供が一人立っていた。なかよし学級の……名前は何だったか。

「なー、何してんの」

「ちょ、日陰……」

「何してんの?」

「……………………」

 じっと窓の外を見る彼に話しかける。彼はちらと一度日陰を見たあとに、無言でまた窓の外を見始めた。

「無視かよ」

「………………」

「いいだろ日陰。さっさと帰ろうぜ」

 友達に肩を掴まれるが、無視した。窓の外にそんなにこの自分を無視するほどの素晴らしいものがあるのかと、樹木と体育館の壁しか見えないそちらに視線を移す。

「ん?」

 誰かいる。

 大人、だと思う。男、だと思う。それ以上はよくわからない、黒っぽい人影。夕闇の中とはいえそれはいっそう薄暗く、そいつだけ墨にまみれたようだった。それが遠くで、まるでラジオ体操でもしているかのように、ぐりんぐりんと体を動かしている。

「なに、あいつ」

「………………」

 なかよし学級の同級生はまたちらと不動を見て、

「しら、ない」

 と一言だけ呟いた。

「なんだあいつ」

 友達たちもようやく気づいて、窓の外を見ている。

「不審者だ不審者。先生呼ぶぞ」

 普段の無鉄砲な自分なら特攻しそうだが、そのときはなんとなく大人しく職員室に行くことにした。なかよし学級の子の手をひいてみんなで職員室に報告に行き、血気盛んなごつくて体格の大きい先生がさすまた片手に現場を見に行く。誰もいなかったそうだが、土の上にしっかりと歩き回ったあとはあったようだ。しかも、裸足の。

「よくやったぞお前ら」

「えー、でも捕まえられなかったじゃん。やっぱ殴りに行けばよかったかなあ」

「そういうのは先生や警察に任せるんだ。怪我人が出なきゃいいんだよ」

 みんなジュースを一本奢ってもらったので、それ以上は黙る。学校に残っていた生徒のうち、保護者が迎えに来れる生徒は保護者の到着を待ち、そうでない生徒は教師の引率のもと集団で下校した。

 あのなかよし学級の子は、保護者に釣れられて帰っていった。

 その後接触もなかったが、中学生になったときに風の噂でその子が死んだという話を聞いた。死因はわからない。事故とも自殺とも病死とも語られていた。

 そして、もう一つ。

 彼には、霊感があったと。




「霊感があってよく視える人は頭がおかしい人になるよね」

「おかしい人になるってなんだよ」

「ストレスとかで」

 鬱とかね、と三島は何でもないように語る。自分だって当事者だというのに。

「視てるものをそのまま言ってるだけど、他のみんなには視えないからね」

 周囲とのズレが甚大すぎて、そのうち本当におかしくなってしまうのだと語る。

「ふぅん」

 なかよし学級。頭が"アレ"と言われていた、彼。

「三島はおかしくなる前に言えよ」

「善処するね」

 そっけない返事。

「もしかしたらもうおかしいのかもね」

 何言ってんだ、と思う。そしてそこで、三島がずっと窓の外を見ていたことに気づく。樹木と近くの家の壁が見えるだけの外。

「何見てんの」

 尋ねた。

「知らない」

 そう一言、簡素な答えが帰ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る