ガーデニング
近所にはとてもとても大きなお屋敷がある。それはそれは立派なお庭がある家で、そこに住んでいる芝川さんはガーデニングが趣味だそうだ。いつもお花の甘い香りがする。
「こんにちは、芝川さん」
「あら、三島さんのところの千花ちゃんね。こんにちは」
芝川さんは優雅に微笑んで、挨拶を返してくれた。日傘が似合う、育ちの良いお嬢様がそのまま大人になったような人だ。
「お庭、今日も立派ですね」
「ありがとう。庭師たちが頑張ってくれたみたい」
「あの窓のところの大きなネットはなんですか?」
「グリーンカーテン用のものよ。知ってる?」
「日差しを避けるためのものですね。うちでもやろうかとお母さんが話してました」
「いいわね。本当に涼しくていいのよ。見た目も、朝顔がかわいくて」
「お母さんは、ゴーヤでやろうと考えてましたけど、朝顔もいいんですか」
「咲き具合を見るのが毎朝の楽しみよ。ゴーヤ、というか食べ物系は食べきれるかどうかって問題があるわね」
芝川さんの家から、きゃんきゃん、という子犬の声がした。
「あら、クッキーとマロンが呼んでるみたい。じゃあね」
「はい。さようなら」
小走りで家の中に入っていく芝川さんを、なんとなく見送っていった。
「なんか変なのよね、あの家」
「何が?」
夕飯のとき、お母さんが急にそんなことを言い出した。
「芝川さんの家よ。あんなおっきなお屋敷に女の人が一人で住んでいるなんて」
「こら、よそ様のことに口を出すな」
お父さんはたしなめたけど、だってぇ、とお母さんの口は止まらない。
「ガーデニングが好きっていうけど、全部庭師任せだし。そりゃあれだけ大きな庭なんだから、一人でやるのは無理だけど、鉢植えの水やりすら雇ってる庭師任せよ! 本当は好きじゃないんじゃないの、ガーデニング」
「こら」
「ペットのクッキーちゃんとマロンちゃんが大好きっていうけど、あれ嘘よね。別にいじめたりしてないしちゃんと育ててるけど、本当はあんまり興味ないわよ。話してて分かる物。あ、本当は動物に興味ないんだなって」
「そりゃ、まあ……」
お父さんが口ごもる。心当たりがあるようだ。たしかにうちも猫を飼っているからわかる。芝川さんは、ペットの話題になっときは表向きは普通だが、なんとなく話してて「あ、会話にあわせてるんだな」と思うのだ。情熱がないというか、ペットへの“好き“を感じないのだ。
「それなのに、庭師やとってあんな大きな庭を維持して、ペットのために毎日24時間冷暖房フル稼働って言ってたし、何のためにそこまで……見栄?」
「そら、推測で人のことを悪く言うのはやめなさい。千花の教育に悪い」
「電気代すごそうだね」
「そうよねー! うちじゃ絶対無理よ!」
アッハッハ、とお母さんが大きく笑う。お父さんは頭が痛そうだ。私のお父さんとお母さんは仲はいいけど、いつもこうなのだ。
「こんにちは、赤い髪の妖精さん」
『こんにちは、人間のお嬢さん』
私には霊感がある。あるので、町の片隅で暮らしている妖精さんたちとも仲良くしている。
『ねえ、これ、どうかしら』
「どうって?」
『あのシバカワサンという家のお庭の真似をしてみたの。似てる?』
確かに妖精さんのお家である大きな木の洞に、朝顔のツルを絡めたグリーンカーテンのようなものがかかっていた。
「妖精さんたちも、あのお庭はステキだと思うんだね」
『ええ! 憧れるわああいうの! きれいだし、いつもお花の甘い香りがしてるもの。物語みたい! 庭師を呼ぶのは無理だけど、少しでも真似をしてみたいのよ』
「こんにちは、赤い髪の妖精さん」
『こんにちは、人間のお嬢さん。ねえ、これを見て!』
妖精さんが見せてくれたのは、妖精さんが使えるくらいのミニチュアの家具を並べている様子だった。
『模様替えの最中なんだけど、シバカワサンの家の家具の配置を参考にしてみたの。こう並べるといいかんじよね? でもこっちもいいかと思って。お家の中は薄暗いから、明るい外で見てみようと思って並べてみたの』
「なんで芝川さんの家の家具の配置を知ってらるの?」
『ふふふ、こっそり入っちゃったの! でもいいわよね、私は妖精、あなたみたいなレイカンがある人以外には視えないもの』
「こんにちは、赤い髪の妖精さん」
『こんにちは、人間のお嬢さん。ねえ、教えてくれない?』
「何を?」
『シバカワサンの家の中にはね、温室があったの。鉢植えがいっぱいあって、ライトもいーっぱいあったわ!
私がこっそり中を覗いてるときに、シバカワサンのお友達が来てたけど、「温度管理や光の調節が大変」って言ってたわ。きっと一番大切なものなのね。それで中には、見たことがない植物もあったの。でも私、“アレ“はシバカワサンのお家以外で見たことないわ。
真似したいの。どこで売ってるのか教えて欲しいの』
「へえ、じゃあ、どんな植物なのか教えて。名前とか、分かる?」
『そうねえ、たしかシバカワサンが、お友達と話をしてるときに言ってたわ……』
思い出そうとしてうんうん唸って、少しあとに明るい顔になった。
『そうそう、“マリファナ“とか、言ってたわ!』
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