いつか来るかもしれない未来
クビになった。
いや、諭旨退職というのか? ともかく上司からやんわり退職した方が良いと告げられて、そして自分はそれに従わざるを得なかった。
人とうまく交流ができなくて、仕事もうまくいかなくて、同僚とはどんどん差がついて、自分の精神も追い詰められてくる。
無職になって求人サイトを漁ったりハローワークに通ったりして何度も就職活動をした。そして書類審査はほぼ通るけど、面接でほとんど落ちた。
それでも日々お腹は減って食べ物は必要だし、生活用品も買わなければならないいから、財布の中身は減っていく。貯金と失業保険で食いつないでいたが、とうとう失業保険が受け取れる期限も過ぎた。内定はないため、単発の派遣で食いつないでいかなければならない。
そういうところは、私みたいなコミュニケーション不全の人間がちらほらいて、私だけじゃないんだとほっとする。ほっとするだけで、なんの役には立たない。まだ年は若いし見た目は良い方だが、それ以外取り柄のない無職の単発派遣を繰り返す女。派遣の仕事を週に六回行い、残りの一日は休みだが、貯金を崩さないためになるべく家にいて、ネットで時間を潰す。
そしてそうしているうちに二十代後半になって、三十代になって、とうとう四十歳になった。
……という夢を見た。
「すげー顔」
「……そりゃそんな夢見たらそうなるよ」
あまりにも気分が沈んだから不動くんを呼び出して愚痴を言った。フードコートに響くやたらと明るくて軽い音楽と、そこら中にいるどのかの家族の楽しそうな声がよけいに私の気分を重くする。
「なんか自分の未来を見た気がしたの」
「考えすぎだろ……」
「だって私不動くん以外に友達いないでしょ。不動くんだって普通の友達っていうより特殊枠だし……。社会でうまくいく自信がないんだけど」
「特殊枠って何?」
ケラケラと笑っている。
「アンコが上に乗ってきて重くて起きたけど、きっとそのまま起きなかったら孤独死までいってたんだよ」
「気分転換しろ気分転換」
ずい、とまだ開封してなかったペットボトルジュースを押し付けられた。
「不動くんだって」
自分の未来について考えて嫌になることぐらいあるでしょ、と言いそうになって、じゃらじゃらとしたブレスレットの間に薄く見えるリストカットの痕跡を見て、やめた。
「ん~?」
「……嫌な夢、見るときぐらいあるでしょ」
「まあねぇ。
みぃんな死んでる夢くらいは見るなあ」
薄く笑っている。自嘲なのか、そうでないのかは判別がつかない。
「でも三島には俺がいるじゃん。俺と結婚して専業主婦になればOKだろ? あー、早く誕生日来ねえかなー」
「またそういうこと言う」
「本気なのにぃ」
クスクスと薄く笑いながら、不動くんが小指に嵌めていた指輪を抜いた。何をするんだと思っていたら、その指輪を私の指にはめてきた。
「ちょっと」
「こんなに愛してるんだ。結婚してくれよ。俺のお姫様?」
やめろ指にキスをするな。周りの子供にめちゃくちゃ見られている。なんで素でそういうことができるんだ。
「やめて」
「なんで?」
「仮に今OKしたとしてもそれは私が不動くんを愛してるんじゃなくて将来の収入源の確保って意味のOKだよ。それは良くないでしょ?」
「今俺のこと愛してるって言ったよな? 言質とったぞ」
「自分の都合のいいとこだけ切り取らないでよ。あと言質とか普通に怖いんだけど」
*****
頼むからその指輪はそのまま嵌めてもらってくれ頼む。
返すなら俺はここで大声で泣きながら土下座をする。
そんな脅迫を受けて結局指輪は貰うことになった。そんなお金を借りている人から更にお金を借りようとしている人みたいなやり方はやめてほしい。
……やっぱりあの子は難がある子だ。顔はなぁ、顔はいいんだけどなぁ……。
家で指輪を眺めていると、お父さんがおそるおそる尋ねてきた。
「……千花、買ったのかそれ」
「貰った」
強制的に託されたと言ったほうが正しいだろうか。
「……誰から? 女の子か? 男の子か?」
「男の子」
お父さんは卒倒して腰を抜かした。お父さんはお母さんに救いを求めたが、お母さんは目を輝かせていたのでお父さんの味方はいない。
「まーーーーーーーーー! どこのどんな子? かっこいい? かっこいい子よね? 成績は?」
「………………………」
「こらちゃんも話しなさい千花! 今日の夕飯あんたの好物にしてあげるから。ね?」
「母さん、千花にはまだ早い……」
「早いわけないわよもう高三なんだから! で、どんな子?」
お母さんはぐいぐい来るし、お父さんはうめいている。ああ、面倒だ。それもこれも全部朝の悪夢のせいだ。
これが厄日ってやつなんだろうかと思っていると、飼い猫のアンコがふん、と鼻で笑いながら前を通過していった。
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