二人だけの秘密

 『手首切らないでね』『安易に飛び降りとかしないでね』『場所教えて』


 そういうメッセージを送っておいたら、案の定広瀬川にかかる橋で死にそうな顔の不動くんを見つけた。とりあえず"知り合い"の店に引きずり込む。

 『天上の彼方』という店名のそこは、入ると客どころか店員も見当たらない。これなら重い話でも存分にできるだろう。

「……あれは私が夢だと思って勝手にやったことだから気にしなくていいんだけど」

「気にするって……」

「じゃあここ奢って。それは、これで終わり」

「………………」

 暖かい店の中なのに相変わらず不動くんの顔は暗い。私は知らぬ間にテーブルに置いてあった珈琲を飲む。

 不動くんが精神不安定になっている理由の本命は受験ストレスだ。もっというなら見栄っ張りのせいで受験ストレスを発散する捌け口を自分から封じたことだ。それでストレスを溜め込んでたのがとうとう爆発して自傷したところに夢のアレが重なったようだ。

「落ちる夢毎日見るんだけど………」

 受験失敗の夢。まあ、よくあることだろう。難関校受験に加えて、不動くんの家は兄弟が多いから国公立以外は無理なようだ。それで余計にプレッシャーがかかっているらしい。

「誰かに愚痴りなよそれくらい」

「さんざん俺余裕~って煽ってきたのに? ……ダサいじゃん……あいつら絶対煽り返してくるし……」

 それは本当にダサい。自業自得である。

「御山くんなら優しく聞いてくれるでしょ」

 不動くんは親友の御山くんには本当に甘い。御山くんにはいつも優しいし丁寧に扱うしなんでも許す。もちろん煽ったりなんかしていない。

 中学時代は自分に彼女ができようがなんだろうが毎日送り迎えをしていたと聞いて、愛情の種類に関わらず重いなこの子、と思った。扱いが友達じゃなく恋人のそれだ。だから中学からの不動くんの友達は、不動くんが私のことを好きになって御山くんの送り迎えをやめたときに、本当に驚いたらしい。お前友情こじらせたホモじゃなかったんだなと。そのときは怒って大いに暴れたらしいが。

「御山だって受験だし……カッコ悪いとこ見せたくないじゃん……」

「見栄っ張り」

「うう…………」

「多分だけど見栄っ張りで受験ストレス溜め込んで自傷するほうがカッコ悪い」

「うー…………」

 泣きそうな顔だ。情けないにもほどがあるがそれでもわりと絵になるから美形はいいなあと思う。いや私も顔にはそれなりに自信はあるが。

「御山くんがダメなら私に言いなよ。愚痴くらい聞くよ。私のも聞いて貰うけど」

「一番カッコ悪いとこ見せたくないって……」

「現在進行形で晒してるのに。今さらだよ」

「うっ……」

 対面で座っていたが、隣に移動する。

「私の知ってる不動くんはストーカーで人の話聞かなくて暴力的でうるさくて粘着質で自傷癖のある異常性癖の子だから、愚痴くらい聞いてもカッコ悪いなんて思わないよ。

 むしろ人並みのことで悩むかわいいところもあるんだなって思ってるけど」

「……………え、待って、お前の中の俺ってそんななの?」

 かかった。ドツボにはまっている人間は別のことで気をそらすに限る。

「そうだよ?」

「もうちょっといいところあるだろ!?」

「大丈夫だよ。顔と体は100点だよ」

「見た目だけじゃん……? 待って、中身でいいところあるよな? あるって!」

「成績がいいよね」

「もっと! もっと内面をさ!」

「うーん、ときどき助けてくれるときはかっこいいよね」

「そう! そうだよな! あるよなかっこいいところ!」

「でもストーカーで人の話聞かなくて暴力的でうるさくて粘着質で自傷癖のある異常性癖の子なことにはかわりないの」

 私がずっと見てきた不動くんは"そういう子"だ。今までずっとそうで、それでも私が縁を切ろうとしていないのに、今さら見栄を張る必要ないのに。精神が安定しているかしていないかが影響しているのだろうか。

「………………」

「それに、"見栄"なんて嘘つきなところまで重ねるんだ……? 私、嘘つく人は嫌だな……」

「か、重ねない! 重ねないから!」

「じゃあ、苦しいこととか悩んでることは正直に言ってね?」

「う、うん……」

 一応返事はしているが、目は泳いでいる。話を合わせているだけで、今後いくらでも不調をごまかそうとしてくることは、その様子ではっきりと分かる。

「本当に、なんでも話してね? 絶対他の人に話したりしないから」

「うん!?」

 太い腕を抱き締めると、体が跳ねあがった。わざと胸を押し付けてるのだからそれくらいの反応はしてもらわないと困る。

「二人だけの秘密だよ。……ね?」

「ひみつ……」

「そうだよ。だって私、不動くんのこと大好きだもん」

「ひゃい!?」

 友達としてね、と小さく付け加えた私にとっては大事な言葉が聞こえたのかどうか、真っ赤になった顔からは分からなかった。


 ゆでダコみたいになった不動くんを帰して、一人で珈琲を啜る。

 カチャカチャ カチャカチャ

 カチャカチャ カチャカチャ

 上から、音がする。見上げるとそこに天井はなく、長い暗闇の更に高く、高く、末にあるそこは満点の星空が輝く宇宙。撃ち抜かれた穴だらけの星と、青い太陽と、幾多もの首のない宇宙飛行士がふよふよと漂うその空間に、一つだけ漂わずに固定されているものがある。

 それは、逆さまの手術台。

『手術』

 細い手が、テーブルの上に乗る。まるで誰かがテーブルの下に隠れていて、そこから手を出しているかのように。もちろんそんなところに誰もいない。

『手術』

 手は、手術用のメスを持っている。

『手術……いる?』

「いらないみたい」

『いらない? いらない? ほんとに? なんでもできるよ?』

「うん。あれでまだ見栄を張るようなら"ちょっとだけ"頼んでたんだけどね」

 でも、あれで元気になるならまあ、いいだろう。手術はあくまで最終手段だ。本当にちょっとだけでも、一時的なものでも……"心の手術"はけっこう大変なものなのだ。

『ざんねん』

「ごめんね。ケーキだけもらおうかな」

『はぁい』

 "手"は……ここの"店主"は引っ込んで、代わりにカチャンという音とともにお皿に乗ったケーキが現れた。

 うん、おいしい。

 気がつけば外は雪が降っている。道を歩く人々の中でも買い物帰りと思われる人々の荷物は多く、年の瀬であることが強く感じられた。

「はぁ……」

 今年はいろいろあったが、来年は良い年になればいいな、と小さく思う。

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