おもちゃ(不良品)

 むかしむかし、とてもむかしの話です。

 空の上にいた神様は、毎日を楽しく過ごすためにおもちゃをたくさん作りました。たくさんたくさん作りました。

 失敗したものや出来が気に入らないもの、作るときに出来た破片がたくさん溜まったので、神様はひとまずそれらを全て、空いているおもちゃ箱へ全部しまいました。

 しかしあるとき、神様はうっかりおもちゃ箱をひっくり返してしまい、中に入れていら"それら"はバラバラとなって地上に降り注ぎました。あっという間に雲の下へと落ちていき、もはや神様でもどこにいってしまったかわかりません。

 神様は、召し使いに全て探しだして回収するように命じました。


 そして今に至ります。


*****


「……………………またこの扉か」

 うんざりした顔で扉を開く。扉のなかには机が一つ。椅子が一つ。大きな朱肉が一つ。水が入った桶が一つ。布が一つ。そして、「アンケート」と書かれた紙が一つ。

『空のゆ迷路が照合すときはゴロゴロと未煎るか?』

 変換間違い、いや、そもそも日本語としておかしい文章。そしてその紙の一番下には小さく『手の平に朱肉をつけてこの紙に押し付けてください』と印字されている。

「はあ……」

 言われた通りにする。なんせ、どんな仕掛けなのかこれをしないと次の部屋への鍵が開かない。前の部屋から続く扉は手を離したら自然に閉じて、かつ自動で鍵がかかってしまう。つまり、前の部屋に戻ることもできないのだ。

 路上で喧嘩した末に不貞腐れて酔っぱらって公園で寝ていたのが最後の記憶だ。気づいたらこの誰もいない家の中にいた。少なくとも内装は普通の家だが、扉なりを開けるとまた別の部屋に繋がり、廊下に出れたかと思ったら、その廊下の左右は壁ばかりで、突き当たりは扉となる。窓はなく、玄関も見当たらない。

 そして、各部屋にある日本語が崩壊しているアンケート。それらにぺたぺたと手形を押して鍵を開き、扉を開け、次の部屋に入り、アンケートに……を繰り返してやってきた。

 『20/20』

 今目の前にしている扉にはそう刻印されている。前の扉は19/20であり、その前は18/20だった。多分、この扉が最後だろう。

「ったく、なんなんだよ……俺にこんなことさせて何がしてえんだよ」

 ぶつくさと呟きながら朱色に染まった手を水で洗い布で拭き、最後と思わしき扉に手をかけた。


「寛太、まだ寝てるの?」

「ううん……」

 いつの間にか寝ていてしまっていたようだ。知らない女の声に揺さぶられ起きると、俺はベッドの上で身を起こした。目に入るのは、女と、学習机、ランドセル、サッカーボール。子供の部屋?

「今日は遊園地行くんでしょ。楽しみにしてたじゃない」

 知らない女? 違う。いや、でも、知らない人だ。

「何変な顔してるの」

「ああ……うん……」

 なんだろう。酷く悪い夢を見ていたような。

「逆にお父さんは朝早く起きて張り切って洗車してるのに……足して二で割ればちょうどいいわ」

 しょうがない親子ね、とクスリと母が笑う。

 いや違う。俺の母親は不倫して出ていったし父親はクスリに手を出して頭がおかしくなって死んだ。

 いや、そうではない。違う。

「早くご飯食べなさい」

 この人は僕のお母さんだ。優しいお母さんだ。僕は、まだ、小学生で、今日は、穏やかで優しいお母さんと、明るくて頼もしいお父さんと一緒に、遊園地に行く。

 そして明日は、たくさんの友達とカードゲームで遊ぶんだ。

 そうだ。そうなのだ。

 何も違わない。


*****


『"おもちゃ"です』

 そう、白猫が告げる。視線の先にはなんでもないような民家がある。

『この家は半径50メートル以内に家族関係が悪く、かつ二親等内の家族全員と既に別離している人間がいるとその人間を捕らえます』

白い犬が語る。引き継ぐように、白いカラスも嘴を開く。

『中に入った生物は"アンケート"に答えさせられ、その情報から"家"がその者が望んでいた家族関係、人間関係を読み取り、作り出し、夢を見させます』

『当人の記憶も改編し、本人は"幸せな子供時代"を体験します』

『中には複数のミイラ化した死体がありました。暴行の形跡などはなく、夢を見続けて食事を摂らなかったことが原因だと思われます』

『我ら調査班は、"楽しい夢を見るおもちゃ(不良品/夢から目覚めることができないため)"が地上の家と合体し変質したものがこの家と断定します』

 白いネズミが、白い鷄が、白い亀が、口々に語る。それらが囲んでいるのは、銀髪で白スーツの人間だ。

『問題ない。目録の通りこれよりこの家を"隔離"し、"おもちゃ"を分離させ、神の元へとお返しする』

『隔離とはなんでしょうかボス。私、新人なもので』

 白いネズミが鳴いた。

『"おもちゃ"を無力化し、生物が接触しないように結界を張るのだ。そうしたら"おもちゃ"を分離して天にお返しするまではこの家を人間、いや生物は認識することができないだろう』

『そんな基本的なことをボスに説明して貰うなど……不勉強者め』

 白猫が白ネズミの背中を肉球で押し潰す。白ネズミはたまらずちゅうちゅうと鳴いた。

『こら、新人をいじめるな。お前だって新人のときは似たようなものだったろう。かつて歩んできた道と思い、親切にしてやれ』

『……失礼しました』

 白猫は不機嫌そうな顔で白ネズミを睨む。白ネズミはさっと白い犬の陰に隠れた。くっくっ、と犬は笑う。白猫はますます眉間の皺を深くした。

『では、"隔離"、そして"分離"の儀式を行う。儀式完了後、三十年もしたら、分離は完了するだろう』


*****


「三島ぁ、どこ行ったー?」

「ここにいるよ」

「マジでどこ? 返事して~」

 不動くんが、私を探してる。目の前にいるのに。

(……………また、変な場所)

 たまにあるのだ。特定のエリアに入ると、誰も私のことを認識することができなくなるのだ。

 おそらくそれは私の後ろにある空き家に仕掛けられたものだろう。私はそのエリアの端っこにいるにすぎない。

 誰も彼もがそういった場所をまるでないものとして扱い、入ろうともしない。指摘しても不思議な顔をされるだけ。私には視えるし入れるのは、霊感のせいだろうか。

 一歩前に出る。そうしたらエリアの外だ。

「うわっ!」

「驚かないでよ」

「驚くって。どこにいたんだよ」

「目の前」

「?」

「お店行こうか。おいしいとこ連れてってくれるんでしょ」

「お、おう……」

 不思議そうな不動くんを連れて、本来の目的だったたこ焼き屋へと足を進める。

 ちら、と振り返ると、塀の上にいた白猫がじっとこちらを見つめていた。

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