ニンゲン狩り

 その妖精の部族は、狩りでより大きい獲物を得ることが誉れとされている。


『俺はニンゲンを狩るぞ!』

 ある妖精が高らかに宣言した。人間のほんの親指ほどの大きさの彼らにとって、人間は巨大すぎる獲物だった。

『でもどうするんだ。毒を使うのか? でもニンゲンはあまりにも大きいから、我らが用意できる程度の毒の量じゃなんともならないぞ』

『ふふふ、秘策があるのさ。ニンゲンを狩った勝利の凱旋のあとに教えてやろう』

 そして『ニンゲン狩り』は瞬く間に村の噂になった。あれほど巨大な獲物を狩ろうとするなんて、と信じられないという目で見る者もいたし羨望の目で見る者もいた。そしてその妖精はいつも自信ありげに胸を張って堂々としていた。

『今回のニンゲン狩りについて、同じ一族として協力して欲しい』

『で、実際にどうするのだ?』

 この部族は一族の結び付きが強かった。集団で狩りをするときも、同じ一族に協力を扇ぐことかほとんどだった。

『これだけサイズ差があるのだから、寝てる間に口から体の中に入ってやるんだ。そして中で大暴れして殺すのさ。お前たちは肉を持ち帰るのを手伝ってくれ。そして俺がいかに勇ましかったか語って欲しい』

『なるほどわかった!』

『なんて勇敢なんだろう!』

『それで、狩るニンゲンは決めてるのか?』

『ああ、仲間のニンゲンにも助けを呼ばれない、良い穴場を見つけたんだ』

 さっそくその一族はその妖精の案内で、一日かけて獲物であるニンゲンの家に向かった。深い深い森の中に、ぽつんとある一軒家。そこにニンゲンが一人で暮らしているそうだ。

『こんなところにニンゲンが住んでいるとは思わなかった』

『俺も偶然見つけたときはびっくりした。他の奴らも知らないはずだ。先を越されないうちにやらないとな。

 今はいないが夜になったら帰ってくる。その前に忍び込むんだ』

 そして全員家具の裏に隠れ、夜を待った。そしてニンゲンは深夜になってからうつむきながら帰宅し、疲れているのか食事も風呂もなしで、ベッドへうつ伏せに倒れこみ、そしてすぐ寝息を立て始める。

『では行ってくる』

 小声で宣言すると、ニンゲン狩りを表明した妖精が、刃物を持って静かに素早くニンゲンへと近づいていった。

 そして、ニンゲンへと到達する前に、その体はバラバラになった。

『え?』

 控えていた妖精が小さく声をあげる。うつ伏せになっていたニンゲンが体を起こし、バラバラになった妖精を見た。

 それには目も鼻も口もなく、代わりに顔にいくつもの穴が空いていた。そしてその穴から触手が伸び、そのうちのいくつかの先端は刃物のような形をしていた。

『なんだあれは!』

『あれはニンゲンではない! ニンゲンに似た何かだ!』

 控えていた妖精は震え上がった。幸いにも"それ"はそれ以上何もすることはなくまたすぐ眠り、朝になって出ていった。

『どうするどうする!』

『ニンゲンと相討ちになったならいざ知らず、恐ろしい化け物をニンゲンと勘違いして返り討ちに遭ったなんて他のやつらからバカにされてしまう!』

 そして妖精たちは話し合いの末、こっそり獣を狩ってその肉を持ち帰った。件の妖精はニンゲンと相討ちになったこととし、ニンゲンの遺体の大部分は、肉の切り取り作業中に血の臭いを嗅ぎ付けた別のニンゲンが持ち去ったことにした。

『なんと大変だったのだ!』

『全身バラバラとは恐ろしい! それに立ち向かい相討ちとはなんと勇敢だったのだろう!』

 なんとか一族の面目は保たれ、ニンゲンほどの大型の生物の相手はやはり困難を極める、という話で落ち着いた。


*****


 ある日のことである。

 また別の一族の妖精が、自信ありげにこう言い放った。

『ニンゲン狩りをしようと思う!』

『なんだって? この前別の一族のやつが相討ちになったばかりじゃないか』

『ふふふ、秘策があるのさ。ニンゲンを狩った勝利の凱旋のあとに教えてやろう』

 深い深い森の中に、良い穴場を見つけたんだ、とその妖精は語った。

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