本の虫さんといかがわしいもの
お化けが目の前のミニテーブルの上をとことこと歩いている。
そのお化けは文字。廃棄された本から抜け出してきた本の虫さんだ。鉛筆で一本線を引いたのような手と足がついた"み"と"あ"の文字がぶつかり合って、あっという間にケンカになり、お相撲をとり始めた。
「えいっ」
指でちょんちょんとつつくと一目散に逃げていく。私のクッキーの上でお相撲なんてとっているからだ。
「何してんの?」
「本の虫さんがクッキーの上でお相撲をとってたの」
「土俵~?」
そうかもしれない。未開封とはいえ、透明な個包装の中に入った薄茶色のクッキーは土俵代わりになるだろう。
「本の虫さんはね、捨てられた本から逃げてきたお化けだよ」
「無害?」
「うん。他の本に引っ越して、同じ形の文字と一体化するの。それだけ」
「へー。……この家お化け多くない?」
今日も相変わらず不動くんの家にいる。いつもなんやかんや理由をつけられて引っ張りこまれるからだ。今日はまだ少し段ボールが積まれている不動くんの部屋にいる。
「どこにだっているよ。外にも、家にも、お店にも、なんだって。図書館や本屋さんやお家の本棚には本の虫さんがいるし、飲食店や自分のキッチンには隅っこで料理を見守るお化けがいるの。別に怖くないやつだから気にしないでいいよ」
「お化けいないとことかないの?」
「少ないところはあるよ。ちゃんと管理された神社とかお寺とか……あとラブホとか、そういうとこ」
ぴく、と不動くんが真顔になる。
「えー…………どちらのどなたと…………?」
「前を通っただけなんだけど」
「ならヨシ! いや別に昔男がいても別に気にしないよ? しないよ? ただやっぱ嫉妬しちゃうじゃん~!」
安心した途端に饒舌だ。自分は年齢ごまかして入ったことがあるだろうに。きっとそうに決まっている。
「で、お化けいないの? ラブホって怪談あるイメージなんだけど」
「本の虫さんみたいな普通のお化けはああいういかがわしいところは近寄りがたいの。普通の人だってわざわざ用事もないのに行ったりしないでしょ。
だからね、ああいうところにいるお化けはね、それこそ怪談になるような、少し強いお化け」
前に見たことがあるのだ。近くのホテルの壁が蠢いているかと思って見ると、人の体を雑に切って繋いだような、巨大なムカデのようなお化けが壁を這っていた。顔は能面をつけていて、虚ろな目で周囲を伺っていたのだ。
「キモ」
「そういうところの壁這ってたり、中からはみ出たりするお化けってそんなのばっかりだよ。人とお化けが合体しましたってかんじの、あんまり気持ち良くないやつ。あとは、本当に怪談にありそうないかにも怨念持ってますみたいな黒っぽいお化け」
「えー、もうラブホ入れねえよ」
…………やっぱ入ったことあるな。ジト目で見つめていると「なぁに?」と問いかけられたので「別に」と返す。
「そういう場所じゃなくても、いかがわしい本とか本屋さんのそういうコーナーなんかもその手のお化けが好むから、本の虫さんは近寄らないんだよね」
「へー」
「だからさ」
後ろにあった、本棚を指さす。
「あの本棚の三段目にある国語辞典だけ、本の虫さんが避けてるんだけど、なんでかな」
「………………………………………………やめようぜそういうのは」
ひきつった笑顔。ネット配信が盛んな時代になんでそんな古式ゆかしい真似をしているんだか。
「どうせ巨乳でしょ」
「やめよう! 幸せになれないから!!!」
カバーのついた国語辞典をとろうとすると、羽交い締めにされてしまった。
「特殊性癖なんじゃなかったの?」
「特殊性癖とノーマル性癖は両立するんだよ!!! "甘いものが好き"と"辛いものが好き"だって、"生きたい"と"死にたい"だって、相反するものだろうが両立はするんだよ!!!」
「私が好きなのと巨乳が好きなのもね……」
「自分から地雷原突っ込むのやめよ? ね???」
さんざん宥められてお出掛けと称して外食することが決まった。陰でこそこそとアプリで誰かにメッセージを送っていたので、多分御山くんあたりに保護をお願いしてるんだろう。
…………なにかの手違いで燃えたりしないかな。そう思った。
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