語る真実
私のお母さんは既に死んでいる。病死だったらしい。
「いってきます」
「…………」
父親が仕事に出ていく。私はそれを見送りもしない。だって、父親の不倫が原因でお母さんと離婚したというのに、経済的事情でお母さんは私を引き取ることができず、父親が当時まだ1歳の私をお母さんから奪って育てることになったのだ。理不尽が過ぎる。
なんでそんなことを私が知っているのかというと、私にはお母さんの幽霊だけは見えるからだ。お母さんは仏間の片隅に、いつも一人で座っている。
『お父さんとはこういう経緯で別れることになった』
『だからあなたを引き取れなかった』
『勉強はきちんとして、大学まで行きなさい』
『いずれ一人暮らしするんだから、家事もできるようにならなきゃだめ』
これが、私が十年くらいかけて読み取った幽霊のお母さんの言葉。私はお母さん以外の幽霊は視えないし、お母さんの言葉すらよく聞き取れない。だけどたまたま見付けた離婚前の家族写真があったので、この幽霊がお母さんの幽霊だということは確信していたので、がんばってがんばって聞き取ったのだ。
もっともっと、お母さんのことを知りたい。
「なんかね、緑と白のボーダーの長袖のTシャツと、ジーパン。髪は背中までのを後ろでくくってて……」
「そ、そう! そうなの!」
思い切って、近所に住んでいる、霊感少女で有名な三島さんに視てもらった。本当に霊感があるのか半信半疑だったが、お母さんの姿をぴったり当てた。
「私、ちゃんと聞き取れなくて……」
「霊感があんまり強くないんだね」
「そうみたい。三島さん、お願い。お母さんの言葉を聞き取って。私じゃわからないことが多くて」
「それはいいけど、この人、何もしゃべらないよ」
お母さんはじっと三島さんを見つめている。知らない子がいて、びっくりしているのかもしれない。
「死んでから私以外に話しかけられたことないから驚いているのかな……?」
「そうかもね。ちょっと時間を置くといいよ」
「わかった。よろしくね、三島さん」
「霊感を一時的に強くする方法?」
「うん。一時間くらいだけど。でもお母さんとお話しするだけなら十分でしょ?」
三島さんからそんな朗報があったのは一週間後、学校に来てからだった。彼女は同級生でもある。
「必要な道具はうちにあるから、今日とかどうかな」
「行く! やらせて!」
「わかった。じゃあ七時にうちに来てね」
近所なので三島さんの家は分かる。とうとうお母さんときちんと会話できるようになるかと思うと胸が弾む。父親から夕飯はいらないという好都合なメールも届いた。
「いらっしゃい」
「お誘いありがとう!」
キレイに掃除されている玄関を通ってリビングに行くと、なぜか私の父親が渋面でソファに座っていた。
「な、なんで……」
「はい、これ資料」
「え、わ、わ」
重い紙束を受け取った。
「あのね、私のお母さんは噂好きで、何でも知ってるの。だから、あなたの話を聞いたとき、変だと思った。
だって、私のお母さんは『あそこのうちは奥さんが不倫して離婚になったから、お父さんが一人で子育てしてるの』言ってたから。
あなたの話と、逆なの」
「…………………は?」
お母さんが、不倫?
「う、噂でしょ!? 十何年も前の話だし時間が経つにつれてねじ曲がって」
「うん、だから、裁判資料。それ、あなたのお父さんが、あなたのお母さんと不倫相手を訴えたときの、資料」
手からバサバサと紙束が落ちる。クリップで止められて間に挟まっていた写真が落ちた。
お腹が大きいお母さんが、知らない若い男といっしょに、ラブホテルから出てくる写真。
「……………………っ!」
「おかしいと思ってたんだ……」
何も言えなくなっている私。そして、父親が口を開く。
「女の子とはいえ、あまりにも懐かないからおかしいな、と……」
大きくため息をついている。私は床に崩れ落ちた。
「どうして、お母さんは、そんな……私に……嘘を……」
「さあ……。どんな手段でもあなたの気を引きたいのかも知れないし、お父さんへの逆恨みかも知れないし……。
ただ、幽霊ってただの元人間だもの。嘘はつくよ、普通にね」
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