誕生日と人生

 花が飾られている。交通事故現場の花。もう何年も前のことなのに。


 当時仲良くしてた子がトラックに轢かれて下半身がミンチになったのを見たあと、再度突撃してきたトラックで残ってた上半身もミンチになったのはいつの頃のことだったか。

 俺の大切な人はいつも俺の知らない間に死んだり傷ついたりいなくなったりしている。

 ずっと俺のそばにいてくれればいいのに。いや、目の前にいても死なれたりするから困る。大切な人だから当然失いたくはない。外。外にいるから悪いのか。でも監禁するのはなあ。本人だってたまには外に出たいだろうし。


 あ。


*****


「結婚しようぜ!!!!!」

 うるさいのはいつものことだけど、今日は特にテンションが高い。多分、今日が誕生日のせいなんだろうが。

「今日で俺は十八歳! はい! はい! 法的に! 法的に結っっっ婚できるようになりました!!!!!!!!!!!!!」

「よかったね」

「うん!!!!!!!!!!!!!!」

 そして最近は見慣れてきた婚姻届を突きつけてくる。ここが不動くんの自室だから良いが、外だったら怒られそうなくらいのやかましさだ。

「ね!!! 結婚しよ!!!!! 結婚しよう!!!!! ほらサインしてサイン!!!!!!」

「やだよ」

「卒業したら養うから!!! 仕事も家事も買い物も全部俺がやるから!!!!! 外になんて出なくていいから!!!」

「……なんでそうなるの?」

「結婚して俺が養えば三島は怖いお化けがいる外に出なくて幸せ、家の中にいてくれれば三島は危ない目に遭わないから俺は幸せ。そうだろ?」

「………………へえー……………」

「そうだよ全てが丸く収まるんだよ。幸せに幸せがかけあわさってとっても幸せなんだよ。結婚しよう愛してる。今はまだ学生だけど卒業したら働くから絶対稼ぐからがんばるから」

「……じゃあ、例えばの話で、高校卒業してそのまんま結婚したとするでしょ?」

「うん!!!!!」

 わあ、楽しそう。おやつを待ってるときの犬みたい。


「もし働き手である不動くんが三十代くらいで倒れたらそのときはどうするの?」


「……………………え」

 ほら、やっぱり考えてなかった。

「不動くんはたしかに稼げる人になれるんじゃないかなとは思うよ。見た目もいいししゃべるの得意だし。

 でもさ、不動くん一人だけが働くのなら、病気になったときとか事故で死んじゃったときはどうするの?」

「ど、どうするって……」

「保険とか貯金で一時的にはどうにかなるとは思うよ。でも、あとに残されるのは高卒三十代で職歴なしの私なんだよね。ただでさえ不況なのに就職ってできるのかな?」

「え、えっと……」

「不動くん、言ったよね。"養う"って。大人の女を養うって言ったよね。養うってさ、他人の人生を背負うってことだよ」

「あ、あの……その……」

 目が泳いでる不動くんの体に密着する。そして太い腕に巻かれたじゃらじゃらとした腕輪の隙間からそれを探り当て、指でつう、と撫でた。

 また新しい傷が増えている。かさぶたの色はまだ生々しい。

「いつのかな、これ」

「あ、いや、ちょっと、一昨日くらい? いやでもそれはそんな深くないから。たいしたことないから」

「深い深くないとかじゃないよ」

 私は不動くんのポケットを探る。ああ、あった。いつものやつ。


 ぎちぎちぎちぎち……


 不動くんがリストカットに使ってる、カッター。その刃を出して、刃の面をぴとぴとと首につける。

「定期的に"こういうこと"するんだから、生活基盤が揺らぐことになるリスクも高いよね。それでも結婚を求めるのなら、当然その点の対策も考えた上での求婚だよね?」

「…………………あ…………………う…………………」

「今までは流してたけど今日からは法的に結婚が可能になって、その上でこうやって婚姻届……公的な書類を突きつけたからね、だったらそれなりに納得できる説明も用意してるよね」

「………………………ご、ごめんなさ」

「ごめんなさいって何に対してのごめんなさいなのかな。私は別に怒ってないよ」

「………………あ………………」

「それとも空気が良くない流れだからとりあえず謝ったのかな。それはあまり誠実じゃないと思うよ」

「………………か、考えが、足りませんでした………………」

「だよね」

 カッターの刃をしまって返す。不動くんの顔から血の気が引いていた。

「不動くんの自己中なんて今さらどうとも思わないけど、相手のためみたいな口上を使うわりに、自分の感情を優先して押し付けるのは良くないことだと思うよ」

「ひゃい…………」

「あと、私は自分の食いぶちぐらい自分で稼ぐから」

 子どもならともかく、大人になってまで他人一人がどうにかなっただけでぐらつく人生はごめんだ。無駄にハラハラすることになる。

「ご、ごめんなさ、ごめんなさい……三島の、その、人生を尊重してませんでした……」

「十八歳になったし、これからは少し落ち着いてね。こういった公的な書類を簡単に使おうとしちゃダメだよ」

「はい……」

 婚姻届を破いて捨てる。……これでもうしばらくは「結婚して」攻撃は止むだろう。

「ところでなんで急に養うって言い出したの。結婚してとは前々から言われてたけど」

「……花が飾られてた」

「花?」

「昔好きだった子が交通事故でミンチになったんだよ。この時期の出来事だから多分、親が毎年この時期に現場に花を飾ってる」

「……………」

「……俺の好きな人はだいたいなんか……死んだりとか傷ついたりするし……俺の知らんところとかで」

「……………」

「でも監禁するわけにもいかないから……結婚して、専業主婦になってもらって買い物とかも俺がすれば……家の中にいてくれれば……安全じゃん……外より……」

 どんどんうつむいていく。体は大きいのに小さく見えた。

「お前にはお化けが見えてるんだろ。危険じゃねえの。お化けに連れ去られるとかそういうの。わかんねえけど……」

「……まあ、場合によるかな」

 視えないより見えている方が危ないときもあるし、視えているからこそ避けられることもある。

「私のことを助けようとしてくれたんだね。ありがとう」

「そう!!! そう!!! 助けようとしたから!!!!! そう!!!!! 好きなんだよ愛してるから!!!!!!!」

「じゃあ行動する前に相談するようにしようか」

「ひゃい………」

「相談しない人は仮に結婚しても離婚するんだってお母さんが言ってたよ。お母さんのお友達はそれでいっぱい離婚してたよ」

「ひっ……」

「離婚……したい?」

「したくないです……今度からちゃんと事前に相談を入れます……」

「よしよし。不動くんはえらいね」

 頭を撫でてやると嬉しそうな顔をする。……大きな犬っぽいな、と思った。

「えらい子にはね、プレゼントをあげる」

「!」

「はい、誕生日プレゼント」

 贈ったのはアロハシャツだ。やたらと派手なのが好きなせいか、夏になるとよく着ている。この前欲しかったけど売りきれていたと言っていたやつを他のサイトで見つけたのだ。

「ッッッッッシャ!!!!!!」

「あとこれ」

「まだあんの!?」

 輝いている不動くんの手に、箱を握らせる。

 市販の精神安定作用があるサプリだ。

「手首切ったりする前にそれ飲んだ方がいいんじゃないかな」

「……あ、はい……」

 露骨にテンションが落ちた。当然ではあるが、切るより薬を飲んだ方が絶対にいい。

「……一応、心配してるんだよ」

「!!!!! つまり俺のことを愛してくれているってことだよな!!!! な!?」

「なんですぐそうなるのかな」

「でも情はあるだろ!!!!!?」

「……まあ、友達だし」

 愛はともかく、情ならある。

「ならよしならよし大丈夫だそれなら大丈夫だ脈はある脈は。

 俺、大人になってからちゃんと稼いで将来設計も考えてからプロポーズするから!!!!! 税金とか保険のこととかも勉強するから!!!!!!!!」

「そう」

 プロポーズするよりも先に交際とかいろいろすることがあるんじゃないかと思ったが、今さらなのでただ隣で騒がしいのを聞いていることにした。 


 




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