シー
雪が降ってきた。とはいっても、仙台のそれも駅周辺に積もることはあんまりないけれど。
昔、妖精さんから聞いた話を思い出す。いつのころからか分からないが、変なお化けが現れるようになったという。
全身が真っ黒い、大人の人間みたいな姿形のお化け。真っ黒すぎて目も鼻もわからず、犬のように鋭い歯だけが異様に白くて目立っているようだ。それは普段は街のどこかにいて身じろぎもしないが、突然豹変したように襲いかかってきて、捕まえたものを食べてしまうという。何人も何人も食べられたので、今はもうみんなその黒いお化けの姿を見た瞬間にその場から離れるようにしているが、夜なんかは夜闇に姿が紛れてわからなくなってしまうのだ。
だから、夜の暗い道を歩くときはおしゃべりを止めてじっと耳を澄まさなければならない。
シー………………
黒いお化けが発する、口から漏れる小さな呼吸の音を聞き取るために。その音がしたら、なにがなんでも引き返して逃げなければならないのだ。
そうするようにしてから、被害は激減した。良かった良かったとみんな思っていて、そのうち姿を見ることもなくなった。きっとどこか別の街に行ったのだろうと考えているうちに、冬になった。
しんしんと雪が積もる中、とある妖精さんは夜道を一人で歩いていた。もちろん耳を澄ませながら。無音に近しい、自分の足が雪を踏み固めるぎゅっぎゅという音だけが響く中、一歩一歩家路を辿る。
そして、死んだ。
黒いお化けに食べられたのだ。その冬はたくさんの死者が出た。みんな怖くて夜に出歩くことができなくなる。みんな、耳を澄ませるようにと改めて警告したあとも死者はやまない。
雪に音を吸収する性質があることをヒトの会話から知ったのは、十数人が死んだあとだった。
『そういうわけで仙台にきたのさ。ここは雪が全然なくていいねぇ』
「へえ、遠くから来たんだね」
『ああ、暮らしやすそうで良かった』
とある雪国からきた妖精さんは荷ほどきをしている。村のみんなで逃げてきたようだ。
そう、逃げただけ。大きくて強い黒いお化けに勝てっこない。
だから、黒いお化けは今も獲物を探している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます