知らない人/知ってる人
※前話、「夢の中で」にけっこう加筆しました。
知らない人にはついていってはいけません、と親からも学校からも言いつけられている。
最近子供がいなくなる事件がちょくちょく起こるようになっているから、大人は少しピリピリしている。かと言って、一切外に出れないのもストレスが溜まる。
「じゃあさ、俺ン家で遊ぼうぜ」
クラスメイトのショータくんがそう言った。
「最初から俺の家で遊んでいればなんの問題もねえじゃん。家にいるんだから不審者なんて来ねえしな! うち、セコムも入れてるぜ!」
「そうしよ! そうしよ!」
他にも友達五人を誘ってみんなでショータくんの家に行く。ショータくんの家にはゲーム機やマンガがいっぱいあるし、美人のお母さんが手作りおやつで歓迎してくれる、天国のような場所だ。
「でも遠いよな」
「だよな」
唯一の不満がそれだ。バスに乗っていかなければならない。バスを乗り継いで、森の前のバス停から続く道を歩くこと十分。淋しい森の中には不釣り合いな新築の家がショータくんの家だ。
「いらっしゃい」
「スマブラやろーぜ」
ショータくんとそのお母さんが出迎えてくれた。いつ見ても若くて美人のお母さんだ。うらやましい。
「うおおおすっげー!」
初めて入るショータくんの家に友達が興奮している。確かにきれいだし、広いし、漫画みたいに壁に絵画なんて飾っている家はここくらいしか知らない。
「コーラとオレンジジュース、どっちがいい?」
「俺コーラ!」
「オレンジジュース!」
みんなでわいわいジュースを注ぎ、おかしを見繕い、ショータくんの部屋へ。据え置き型から携帯式まで多種多様なゲーム機が並ぶ部屋にゲーム機をあまり持っていない友達が歓声をあげた。
「いーな! いーな! いーな!」
「お年玉貯めろよ」
「足りねえって!」
そんな風に話しつつゲームに興じていると、お菓子が切れた。
「下から新しいの持ってくるけどー、何欲しい?」
「チョコ系!」
「しょっぱいやつも!」
「へいへい」
クスリと笑いながらショータくんは部屋を出ていった。あとに残された俺たちは、ゲームを進めたり、新たなおやつのために空になったお菓子の袋をまとめてゴミ箱に捨てる。
「ん?」
ピロン、とスマホが鳴った。反射的に画面を見る。
それはニュース速報で、行方不明になっていた子供が、遺体で見つかったという知らせだった。
行方不明の子供が。
遺体で。
急に、楽しみでいっぱいだった頭の中が空っぽになり、静かになる。友達の声も、ゲームの音も、遠い世界のもののように。
「おい……お前ら……」
「んー? どうした」
「ショータくんって、誰だ?」
「誰って……」
友達の言葉は、続かなかった。
友達にショータくんなんて子はいない。クラスにもいない。同級生にもいない。
この家には初めて来たのに、なんで家までの道も、ゲームがいっぱいあることも、お母さんが美人なことも知っていた?
何より、なんで今までそんなことを思い出せずに、ここで遊んでいられたのか?
「……………………………」
みんなで押し黙る。部屋に響くはテレビからでる機械音。自分が操作しているキャラが死亡したが、誰一人それに構わなかった。
静寂。
きい
ドアが開く音。小さいけれど、響く音。
ショータくんが立っている。お母さんが立っている。
部屋は明るい。廊下も、来るときは明るかった。なのに今は、廊下は墨で塗りつぶしたような輪郭すらわからないほどの闇に包まれている。ショータくんとお母さんもその闇を受けて、顔が真っ黒になって、表情が一切分からない。
「………………………………っ!」
沈黙が、どれほど続いたのだろうか。
ピロン
ピロンピロンピロン
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピ
アプリの通知に、着信音。突然スマホが鳴き出し、俺たちははっとして、正常な意識を取り戻した。
逃げなければ。
「うわああああああん!!!!!」
友達の一人が大泣きする。その声を聞きながら、一目散に駆け抜けた。
全員で一番家が近い────といっても本来ならバスに乗る距離だが────友達の家になだれ込んで、驚いたその子の両親に全てを話した。
警察に知らせられ、警察が見に行くと、そこにはただ廃屋だけがあったという。中には、置きっぱなしの俺たちの荷物と、そして警官が感じた腐臭の先には、複数の、行方不明者の子供の遺体。
警察が調べてもショータくんとその母が誰なのかもわからなかったし、あの建物も記録に一切残っていない、いつ誰が建てたのかわからないものだった。
事件は迷宮入りして、ただ俺たちはギリギリのところで助かったという事実だけが、残った。
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