夜の夢
夜見る夢の内容は、あまり覚えていない。ただ微かに覚えるのは、どれもこれもろくでもない夢だということだ。
夜。不動くんとマルチ機能つきのゲームをしながらSkypeで雑談をしていたら、夢の話になった。多分他人の夢の中に入り込んで人を殺すゲームをしていたせいだと思う。
「起きたら不思議な夢だったなとか怖い夢だったなとかぼんやりとは覚えてる。けど、でも具体的な内容は忘れちゃっててわかんない。
いつも見る夢があって、夢の中では『いつもの夢だ』ってわかるんだけど、起きたら内容は忘れちゃうんだよね。さみしい夢なのは覚えてるけど……」
『へー』
「そっちは?」
『普通に学校の夢とか見るしー三島の夢も見るしーあとガキの頃の思い出とか、あとグロいやつ! 俺はけっこう覚えてるぜ!』
画面の向こうの不動くんがしししと笑う。彼らしいラインナップではある。
「ふわ……そろそろ寝るね」
『あー……12時越えてんじゃん。おやすみー』
パソコンを消して横になる。歯磨きなどは既に済ませているのであとは本当に寝るだけだ。電気を消しながら、ふと思う。
(怖い夢、見ないといいな……)
今日のゲームは、ホラー要素が強いゲームだったからだ。そんな風に思いながら布団にくるまり、目蓋を閉じる。
「…………………」
『何? 不機嫌?』
夢見が良くなかった。とにかくやたら大きい暗い廃工場の中を、怖い『何か』から逃げ惑っている夢。具体的な内容は思い出せないが、それだけは覚えている。
『あー昨日やったゲームそんなかんじだったよな。じゃああれだ、楽しいゲームやろう。遊園地作るやつやろうぜ。前買ってただろあのマルチプレイできるやつ』
「あれ良く分かんなくて投げちゃった」
『説明が不親切だよなあれ。まー、解説してやっから。ルール覚えれば楽しいぜあれ』
誘われるがまま、ゲームを起動して遊園地を作った。複雑な操作方法やルールさえ覚えてしまえば楽しいもので、寝る時間の直前までゲームをしていた。
夢を見た。
大きな大きな遊園地で遊ぶ夢。人はたくさん。笑顔がいっぱい。殺人鬼とか、お化けとか、どこにもいない。いるとしたら、お化け屋敷の中の作り物だけだ。
ゲートをくぐってぶらぶらとうろつく。夢の中の私は優先パスを持っていて、どんなに行列が並んでいる施設でも最優先で乗れるのだ。ジェットコースターに乗って、射撃をして、ショーを見て、美味しいものを食べて、全部自分の思うがままだった。
だって、一人だから。
周りにお客さんもキャストもいっぱいいるけど、私は一人で遊園地にきていた。だから誰に気兼ねすることなく、施設で遊ぶのも、休むのも、食べるのも、全部自分の思うがまま。
『さみしくねえ?』
それをLINEをしているときに伝えたら、そう返ってきた。
「どこが」
『一人で遊園地とか』
ピンと来ない。珍しく楽しい夢で、起きたあとも覚えているくらいだ。さみしいと感じたことも特になかった。
不動くんは周りに友達が常にいる環境だから一人遊園地とかできない子なんだろう。多分一人焼き肉とか一人カラオケとかもできないんだ。
「弱虫」
『違いますぅ』
むくれたようなスタンプが返ってきた。
『俺といっしょにリアルの遊園地行こ?』
「やだ」
はしゃいで絶対人に迷惑かけるもん、と送ると『いい子にしてるからぁ』とハートのスタンプつきの甘ったるい文章が返されてきた。嘘だ。この前コンビニで棚補充してたヤンキーの店員と目が合って「ヤんのかコラ」って喧嘩に発展しそうになってたくせに。
「コンビニの店員とケンカする悪い子とはイヤ。眠いしもう寝る」
『睨み付けるほうが悪いって~!
おやすみ。まあ遊園地には連れていくからな』
拉致でもされるんだろうか。そんなことを思いながら電源を切って、寝る準備をする。
今日は、どんな夢を見るんだろう。
廃墟だった。
「…………………………」
ああ、いつもの夢だ。
見知った町並み、見知った自然。それら全てが傾き、破損し、錆や緑に覆われている様。
廃墟と化した町で、一人たたずむ夢。それが私が、よく見る夢。いつもの夢。人はどこにもおらず、猫も犬も鳥も、虫すらいない。自分と植物だけが存在する世界。
お化けも、いない。私は誰のことも知覚しない。私を知覚する誰かもいない。
「……………………………………」
落ち着く。ベンチに座って風に撫でられることのなんと気持ちいいことか。
無人の廃墟で一人でいる。それが私の、いつもの夢。
「三島ぁ」
「…………………………」
ベンチの上から覗きのんでくるのは、いつもは夢にいない人。
「……なに」
「遊園地行こ?」
不動くんに腕を引っ張られて、原付の後ろに乗せられてどこかへと連れていかれた。見知らぬ道路を越えた先にあるのは、遊園地。
「……廃墟じゃん」
「遊園地には変わりねえし」
他と同じように、傾き、破損し、錆と緑に覆われたそこの門扉は開いていた。乗り物も何も錆びていて、いくら夢でも乗りたくない。
「楽しもうぜ、なあ」
「どの乗り物も乗れなさそうなのにどう楽しむの」
「さあ? でも一人でいるより俺といっしょのほうが絶対楽しいって」
ケラケラと、どこから湧いてきたのか分からない自信で満ちた顔で笑っていた。
起きた。いつもなら起きた側から夢の記憶が失われるが、イレギュラーなせいか今日はしっかり覚えている。
「ん?」
枕の下に何かある。取り出してみると、廃墟の遊園地の画像をプリントした紙と、なぜか不動くんの写真だ。当然そんなものを枕の下にいれた覚えはない。
「…………………………………」
まさか、と思って窓の鍵を見る。ばっちりしまっていたが、謎の細かい傷ができていた。それはまるで、この間不動くんにおすすめしたミステリー小説に出てきた外部からの窓の開閉トリックを使用することでできる傷のような。
……そしてあの子は、ストーカーの前科がある。
「今さら怒らないけど、何でこんなことしたの」
即、電話をした。
『さみしい三島の夢に花を添えたくて。ねえ~ちゃんと俺は夢に出てきた?』
自分を花と断言する男はなかなか図々しい。
「せめて普通の遊園地の写真仕込んでよ。なんで廃墟なの」
『普通の遊園地じゃ他の客とかいるじゃん?
やだあ俺お前と二人が良い』
「…………………」
『楽しかった? 楽しかったよな? 俺と二人っきりでデートだもんな楽しいに決まってるわ。いいなー夢の中の俺、三島と二人でデートできて。羨ましすぎてぶち殺してえわ』
夢の中の自分に嫉妬しないでほしい。
「普通だよ……乗り物壊れてるし食べ物もないから散歩しかできないし……」
『ああ、そう? だよなー夢じゃ満足できねえよあ~~~~!』
多分、電話の向こうではニヤリと笑っているだろう。
『じゃあ今度二人で遊園地行こうな!』
それがやりたいだけだろ、と嘆息した。
……多分、うんと言うまで何かしらの工作は続くのだ。
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