友達
「で、三島さんはいつ不動クンと付き合うのかしらっ」
「え」
同じクラスの泉さんに無理矢理空き教室に連れて行かれて、そう問いただされた。泉さんはショートカットが似合う美人で巨乳の、不動くんの友達の女の子だ。
「いや、そんな気は……」
「手繋いで帰ってそれで付き合う気ないの? なかなか悪い女ね」
「……それは……」
言われてみればそうだ。そうなのだが、実際に交際する気は、ない。
「手でも、繋いでないと、何するか分からないので……」
「手繋いでてもやらかすけどねあの子! ふふ、でもそこまでしてくれるなんて、なんだかんだでお気に入りなのしら?」
「…………あの、帰らせてください」
控え目に押しのけるが、あっさりと力で糅てされて壁に押しつけられてしまった。巨乳の圧がすごい。
「あのね、私不動クンとセックスしてみたいの」
「……はい?」
思考が止まる。今、なんと言った?
「だって中身はともかくあんなにいい顔と体しているもの……私の中の女が疼くの。ぜひ押し倒して快楽で泣かせてやりたいってね……」
「………………………………」
「でーーーもーーー不動クンったらずっと拒否するの! こんなにいい女からのお誘いなのに! 信じられない!」
そりゃそうだろうと心の中でツッコミを入れる。たしかに巨乳美人だがそんな利点を吹き飛ばす。おかしさを感じる。前に「あの女はさあ……ろくでもないから……」と遠い目をしていたことがあったが、よく分かった。
「でもでも考えたの! 大好きな大好きな三島さんからのお願いなら不動クンも断らないわよねっ」
「えっ」
「さすがに付き合ってない状態でそんなお願いしてもらうのもなんだしね、あなたたちが付き合ってからお願いしようと思って! で、いつ付き合うのあなたたち?」
「い、いや、そんな予定は……」
「駄目よ。交際して。彼氏彼女になって。じゃないと私が不動クンの体を味わえないじゃない?」
すごい。ここまで自己中な人間は初めて見た。どう対処していいのかわからない。
「三島さんも女なら興味あるでしょ? 不動クンの体」
「なっ……」
「あるわよねー……夏の体育のときとか、チラ見してたの、知ってるんだから……」
妖しく笑う。たしかに美形と、汗に濡れる鍛えられた体がかっこいいとは思っていたし、見ていたのも認める。しかし泉が思っているほど性的な感情はない。
ない、はずだ。
「本当に顔と体はいい男よ? ベッドの中でも悪くないみたい。元カノに話も聞いて調査済みです。乱暴者のくせに意外と気遣ってくれるみたいねー」
「んなっ」
「ね、興味湧いてきた?」
ニコニコと、笑顔。早くここから逃れたい。
「そ、その、そういう話はちょっと……」
「あら、興味ないって顔じゃないけど」
やめて欲しい。思い出す。
昔淫魔と関わったときに、夢の中で不動くんと性行為をしたことを思い出す。せっかく忘れていたのに。
褐色の肌も、汗のにおいも、どことなく色気があった顔も、普段なら絶対に見られない場所も、全部。
「顔、真っ赤よ? ね? 興味あるでしょ」
「わ、私は……」
そんなとき、ドタドタとうるさい足音が響いてきた。
「泉ぃーーーーーーー!!!!!!!!!」
「あら、遅いわよ色男」
不動くんがやってきて、力尽くで私を奪う。
「テメエ三島に何やったこの性悪女!」
「やあねえ三島さんと不動クンと私の三人でセックスしてみたいのってお願いしてただけよ? だから早く不動クンと付き合ってって……」
「ほんとに何してんのお前!?!?!?」
不動くんが警戒心丸出しで私を強く抱きしめる。体格差のせいで胸に顔を埋めることになる。大きな胸筋は、柔らかい。
「セクハラとかいう次元じゃねえぞ……いや本当に何してるんだよ色魔かお前……。三島に手出すな! ばか!」
「あなたがいつまでも私のことを抱かないからよ?」
「見えてる地雷抱くバカがいるか!」
「でも三島さんはあなたとのセックスに興味があるみたいだけど」
「えっ」
威勢良く大声を出していた不動くんが止まる。私の顔をそっと確認した。ああ、どんなひどい顔をしているんだろう。
「そ、そんな都合の良い解釈は……信じねえぞ……。ど、どうせお前がセクハラ三昧したから照れてるだけに決まってる。うん」
「信じたくってたまらない顔」
フフ、と余裕綽々で笑う。
「ねー? 三島さん? 不動くんに抱かれたいわよね?」
「えっ……いや……その……」
「……………」
「あら、『三島にセクハラするなよ!』って怒らないの?」
「う、うるせえ! ばか! こ、言葉を失ってたんだよ! で、出てくぞ三島! この女、いっつもこんな調子だから!」
「あら残念。不動クンが三島さんを抱いて、三島さんは不動クンに抱かれる。そして私はそんな不動クンと三島さんを抱く。いい話だと思うけど……」
「三島もまとめて抱こうとするな! だいたい俺がお前に抱かれるって何を……いやいい! 聞かねえ! 絶対ろくでもないから!」
「今思ったんだけどここに御山クンも混ぜれば美しい形が出来上がると思うの」
「御山も巻き込もうとするんじゃねえーーーーーー!!!!!!」
絶叫。不動くんは泉さんに背を向けて、私を抱えて逃走を始める。不動くんが完全敗北しているのを初めて見た。
「じゃあね三島さんっ。今からあなたと私もお友達っ。そう決めたから! またお話ししましょう!」
何か恐ろしい文言が聞こえた気がする。気のせいであると信じたい。
「はあ……本当ごめんな。あの気違い……」
「………」
誰もいない図書室。どちらかといえば不動くんも間違いなく気が違っているほうなのだが、泉さんは別ベクトルで恐ろしい人だ。
「悪人ではねえんだよ……悪じゃねえけど……自己中を超えた何かなんだ……」
「まあ、それはなんとなく……」
「あんな、そんな、三島が俺とヤりたがってるなんて……そんな……」
うつむきつつも、チラ、とこっちを見る。
「…………………」
肯定はしない。……否定もしないが。
「………………………」
「………………………」
長い沈黙。窓の外で鳥が羽ばたく音が聞こえるくらいに、静かな部屋。
「みしま」
太い手が私の腕を掴む。引っ張られて、図書館奥にある薄い絨毯が敷いてあるコーナーへと引きずり込まれた。靴を脱いでそこへ行くと、そこに寝かされる。
「………………」
「………………」
「あのさ」
「………うん」
「イヤならイヤって言ってくれれば止めるから……」
「……………そう」
沈黙。褐色でわかりにくいが、赤い顔がじっとこちらの様子を伺っている。少し間が空いたあとに、不動くんが私の制服に手をかけた。
「不動ー? 三島さん? いる?」
「!?」
ドアの音。少年の声。一瞬で起き上がる。
「あ、いた。また泉がなんかしてんだって?」
「お、おう。あの女ったらまったくよおー」
御山くんだった。
「叱る前に一応話くらいは聞いとこうと思って」
「そ、そーだな!」
「……なんで顔赤いのお前。三島さんも」
「なんでもねえヨ! うん!」
「……?」
御山くんは怪訝そうな顔だ。不動くんはそんな御山くんをぐいぐい押しやって、図書室の外へと移動する。
「……………」
あとにたった一人、残されたのは私。
(……別に男の子に興味がないわけじゃない、けど……)
ころん、と薄い絨毯に寝転がる。その下の固い床の感触がする。固さが伝わりすぎて、不快感。さっきは全然気にならなかったのに。
(男の子としそうになったのは初めてかも……)
女の子とはあるのにね、と一人静かに、呟いた。
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