おもちゃ(○○○○○○○○料理店)
むかしむかし、とてもむかしの話です。
空の上にいた神様は、毎日を楽しく過ごすためにおもちゃをたくさん作りました。たくさんたくさん作りました。
失敗したものや出来が気に入らないもの、作るときに出来た破片がたくさん溜まったので、神様はひとまずそれらを全て、空いているおもちゃ箱へ全部しまいました。
しかしあるとき、神様はうっかりおもちゃ箱をひっくり返してしまい、中に入れていた"それら"はバラバラとなって地上に降り注ぎました。あっという間に雲の下へと落ちていき、もはや神様でもどこにいってしまったかわかりません。
神様は、召し使いに全て探しだして回収するように命じました。
そして今に至ります。
*****
『はあ……』
困った。どうしよう。完全に道に迷った……いや、遭難だこれは。もう三日も村に帰れてない。手持ちの食料と採取した木の実で飢えは凌いだがじりじりと限界がきているのはなんとなくわかっている。
『んん……?』
幻覚かと思って目を擦ったが、それはたしかに目の前にあった。大きな大きな、青い屋根のレストラン風の建物。魚の形をした看板には、自分には読めない文字がかかれている。だが、あれは町でよく見る人間が使う文字であることはなんとなくわかった。
『よし、人間は俺のことが見えないからな。こっそり忍び込んで食料をとってやろう』
本当はいけないことだが命がかかっているので仕方がないことなのだ。
『さてどこから忍び込むか』
『ようこそお客様!』
背後からの大声に飛び上がる。それはまさしくシェフの格好をした人間……ではなかった。首から下は人間だったが、頭が魚だったのだ。
つまり、"こっち側"のやつらが経営している店だ。
『どうぞ中へ! どうぞお席へ!』
『なんだ……金はないよ』
『しかしとってもお腹を空かせておりますね?』
『まあね……でも対価がないからね、自分で飯は探すよ』
こういうわけのわからないのには関わらないのが吉である。対価もなしに食べようものならなにをされるかわかったもんじゃない。
『では試食をしていただけませんか?』
『試食?』
『新メニューを開発したばかりですがこの店、拙者一人だけで経営しておりますので、味見をしてくれる方がいないのです。
お客様に提供する前にできれば試食をしていただければ、と思いまして。対価は味や見た目、食感等の食べた感想を、おべっか等は不要で素直な感想をいただきたいのです』
試食。試食か。対価は感想。悪い条件ではない。
『ふうむ、対価が感想だけでいいなら、まあいいが……』
『ではお席へ!』
中は山奥には似合わない洒落たレストランだった。
自分にあったサイズの、彼からしたら小さいであろうテーブルと椅子を用意されて着席する。
『前菜! スープ! 魚! 肉! ソルベ! 肉! 野菜! デザート! 果物! 珈琲!』
やかましいのが難点だが、出されたフルコースの試作とやらはどれもじつに美味だった。空腹なこともあってガツガツと頬張ってしまう。水ですらよく冷えていて飲みやすく、おかわりしてしまうほどだった。
『ああ美味かった。特にデザートのアイスのうまいことうまいこと! 濃いミルクの味が口一杯に広がってたまらなかった!』
『ほうほう』
『あの肉もうまかった! スパイシーなほうだ! 香りを嗅いだだけで涎がでてきたぞ!』
『ふーむふむ』
魚頭の料理人は真剣にメモをとっている。一通り感想を述べたあと、気になったことを尋ねてみた。
『なぜこんな山の中で店を? あんたの腕前ならもっといろんなやつらが住んでるところで店を開いたほうがいいだろうに』
『拙者、ちょっとしたうっかりが原因で故郷を出て参りました。産まれたときから料理をすることが拙者の使命でありましたが、改めてこの世で料理を学びますとその奥深さに魂が震えました。
この体壊れるまで料理に捧げたいと考えておりますが、目立つ場所で開店すると故郷の方々がいいかげん帰ってこいと。
拙者のことを想うその愛、実にありがたいのですが今は料理に専念したいと、地元の方々から隠れて店を出しているのです』
『ふぅん。料理への愛が深いんだな。
そういえば、この店はなんて名前なんだ? 看板の字が俺には読めなかったんだ』
『店名ですか。それはですね……』
*****
「ロシアンバラムツ料理店がこっちに来てるらしいの」
「ロシ……?」
実に邪悪な店名だ。場合によっては通報したほうがいいかもしれない。
「お化けのお店なの。入らない方がいいよ。不動くんは見えないから大丈夫だろうとは思うけど、一応言っておくね」
「……何? その店行くとバラムツ食わされるの?」
「そうだよ」
「怖……」
別に魚には詳しくないがバラムツのことは知っている。非常に美味だが食べると尻から油が延々と出てくるという嫌がらせのような魚だ。
「ロシアンバラムツ料理店ではね、注文した料理のうちのどれかひとつがバラムツでできているの」
「肉料理とか頼めばいいんじゃねえの」
「ううん。例えば冷えた果物を注文したら、そのどれかひとつには味は全て確実に果物のものなのに、どれか一つはバラムツでできているの。
そこの料理人さんは、バラムツをどんな料理、食材にでも加工できるし、他の食材をバラムツにすることもできるんだよ。
普段はどこかからバラムツを手に入れて料理するけど、バラムツが手に入らなかったら他の食材をバラムツにしたあとに更に料理するんだって。
妖精さんの間で噂になってたの」
「なんなんだよそのバラムツへの執着はよ……」
「バラムツが好きで好きで好きでたまらなくて、どんな料理にでも仕込んじゃうんだって」
「存在が嫌がらせかよ。殺されねえのそいつ」
お化けの世界って法がなさそうだから、そういうのはすぐに処分されそうな気がする。
「倒そうとした他のお化けもいたみたいだけと、みんな新鮮なバラムツになっちゃったんだって」
たしかに戦闘を料理に例えたりはするがそういうのもありなのか。
「不動くんも、怪しいお店に入ったり、魚頭の料理人と喧嘩しちゃだめだよ」
「しねえよそんな怪しいやつと……」
「そう」
「何、わざわざ喧嘩ふっかけるようなやつなのそいつ?」
「うーん、どうかはわからないけど……」
三島は少し、困ったような顔をする。
「あっちこっちでバラムツがびちびち跳ねてるから、少なくとも今この近くにいるみたい」
「……………………」
振り返るが、視界にはいるのはいつもどおりの無機質なコンクリートだ。どこにも魚がばらまかれちゃいない。
「……まあそんな危険なやつがいるならとっとと帰ろうぜ」
「あ」
三島が何か気づいた顔で、俺の背中から何かをべりべりと剥がした。
「シール? 誰かのいたずらかよ」
「広告かな」
期間限定! ロシアンバラムツ料理店
とっても美味しいお料理に舌鼓を打ってみませんか?
電話:……………
メール:……………
「…………………………」
「…………………………」
「行」
「かねえ」
三島からそれをひったくると、ぐしゃぐさしゃに丸めて近くの公園のゴミ箱へと放り込んだ。
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