その楔に形はなく(前編)
数年前のことだ。クラスの女の子に、ちょっと気になる女の子がいた。名は、白雪。
その子はお人形さんみたいに綺麗な子で、モデルや子役をやっていた。艶やかな黒髪、透き通るような白い肌、鮮やかな唇が名前の通り白雪姫を連想させるような、普通の女の子とは一段も二段も違うステージにいる子だった。
雑誌やたまにテレビで見かけるその子はそういった場所ではキラキラとした笑顔を見せていたが、教室では一人でいた。別に調子に乗って無礼を働いたわけではなく、ただなんとなく近寄りがたくて、そして彼女もそれを気にしている様子はなかった。班でのグループ行動などといった集団行動では問題なく動き、意外と運動神経が良いことを活かして運動会のリレーでは数人をごぼう抜きにし、ビリから1位へと導いたこともあった。
クラスメイトも彼女も厭うことなく、"孤高のすごい人"として扱っていた。
不動友也もそんな一人で、彼女を少し遠くから眺めているだけだった。
ある夏になりかけの日のことである。
暑い日が続き、みんなも半袖で過ごすことが多くなったというのに、彼女だけは長袖を通していた。そして、どんないきさつかはその場にいなかった友也は知らないが、長袖だった理由が明らかになってクラスには混乱が広がった。
リストカット。
手首へつけられた細い傷を隠すために、暑いのを我慢して長袖を着ていたようだった。
先生も白雪に話を聞いたり、クラスメイトに何かあったか聞き込みしたが、特に成果らしいものはなかった。特別視していても蔑んではいなかったちめ、誰もが困惑した。
友也だけが、少し冷静だった。美しくて、能力が高くて、それでも手首に傷を作っている姿は、変わり者の兄の姿と重なったからだ。
クラスメイトだというのに、どこか現実的ではない、掴み所がない少女が急に身近な存在に思えてきた。
「みんな、カッターやはさみは先生が預かります。使うときは、貸してあげるから職員室に来なさい」
どうも家ではとっくの昔に発覚していたらしく、親も困っていたようだった。刃物をとりあげても、他の子のカッター等を使われたら困ると、クラスに刃物禁止令がくだった。
多分、それでも止まらないと思った。だって、兄はそうだから。
「ただいまー……」
刃物禁止令からしばらくして、家に帰ったときのこと。今日は旅行やら出張やら部活の大会やらが重なって、家にほとんど人がいない。雨が作り上げた陰は重く、まるで夜のようだった。
静かな家の廊下を、一歩一歩進み、二階の自分の部屋へと上がろうとするが、そこには大きな影があった。
「…………んん~、ふ、ふふふふ……………………」
「日陰兄……」
手首から血を垂らした兄が、一人で笑っている。薄い刃から垂れた血が、一滴一滴、階段に模様を作っていた。
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