絵を描こう
悪夢を描く画家の話を知った。
テレビでたまたま見たが、その作家は連続した悪夢を見ることが多かったらしい。
殺人鬼に追いかけられる夢を見て、友人宅に逃げたところで目を覚まして、そして次の日に友人宅にいる場面から始まり、ドアが強く何度も叩かれる。窓から脱出し警察に逃げたところで目を覚まし、そして更に翌日は警察署から夢は始まり、警官の首を持った殺人鬼が迫ってきて……という数日に渡る夢だ。
他に誰もいない土地を放浪する夢や災害に巻き込まれる夢、仕事で苦悩する夢などバリエーションは多彩で、終わりかたも死んで終わることもあれば特にそういったオチのようなものはなく、中途半端なところで続きはこなくなり翌日から普通の夢を見たりすることもあるという。
ただ、頻度が多く疲れていた画家は友人にその愚痴をこぼしたところこう言われたという。
『画家なんだし、絵に描いたらどうだ』
人の気も知らないで、と思ったがある日なんとなく試してみたところ、悪夢の続きを見なかったという。
それ以来、悪夢を描いたあとは夢が連続することがなかったという。
「そういうわけで三島もどう?」
「……中学生のときから描いてるよ。言ってなかったけど」
「あれ? そうなの?」
三島に伝えると、そっけなくそう返された。
「なぁ~~んだ。いや三島が見てるのは夢じゃなくて現実にいるお化けだけど、気晴らしぐらいにはなると思ってたのに」
「……まあ、たしかに描くと気晴らしにはなったね。描いてないときよりはずっと落ち着いたよ」
「へぇ、ねえ、見せてよ」
ちょんちょん、と腕をつつくと、スマホの画面を突きつけてきた。
「?」
「私のイラスト用アカウント。公開してるから好きに見なよ」
「マジ? フォローするわ」
そして家に帰ってから、そのアカウントを堪能するために開く。日常的なツイートの合間に、怪異を描いたイラストがいくつもツイートされていた。
街の絵。暮らしている街の空に、サングラスをかけた見知らぬめちゃくちゃでかいおっさんの口から、同じ顔のおっさんが流れ出てきていて、さらにそのおっさんの口からも同じ顔のおっさんが出てきていて……とまるで滝のようだったが最後らへんに口から出てきた、通常の人間と同じくらいの身長のおっさんからは口から黒いものを吐き出して、それは街の奥へ伸びていっている。……あれは、最初のでかいおっさんの影なのだろうか。そう感じた。
雨の日の絵。大きな水溜まりから、女の鼻から上が突き出ていた。そしてその水溜まりの奥に傘もささずに医者が立っていて、ニコニコとしながらレントゲンを持っている。それには人間の腹部が写っていたが、俺には目玉が腹のなかいっぱいにぎっしり詰まっているように見えた。
学校の絵。普通の生徒に混じって、女子の制服を着た透明人間が何人かいる。そしてその透明人間は床に落ちていた髪の毛を拾って、自分の頭に植えたり、メイクポーチを勝手に使って、化粧をしたりしている。
さらりと描かれている空の色も、青空や夕暮れといった普通の空すら少なく、原色だったり花柄だったり空一面に死体がみっちり重なっていたり、影すら形が曖昧だったり変な色をしたり目や口や鼻が生えていたりする。
三島はあくまで自分の見ている世界をそのまんま描いていると言っていた。
自室の窓を見る。窓の向こうはただのいつも通りの夜の住宅街が見える。
偶然に、三島のアカウントが更新された。
夜の住宅街を、白い巨人が青い内臓をこぼしながら咆哮しつつさ迷っている絵。当然、俺が再度外を見てもそんなものは見えない。
俺と三島が見ている世界は、ほとんど別世界のようだった。なのに、三島は俺と同じ世界を生きているように振る舞わなければ迫害される。
「うーん」
やっぱ俺が養って家でのんびり暮らせるようにしなきゃなあ、と思った。
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