悪魔(研修中)

 悪魔が目の前に現れた。


 黒スーツの痩せこけた男。コウモリのような羽を広げて、ぎょろりとした目でこちらを見ている。

「なんなんだ」

「ワタクシ、新人の悪魔でございます」

 研修中、と書かれた名札を差し出してきた。

「悪魔という存在は古来より対価を支払ってもらうことで人間の願いを叶えてまいりました。

 しかしワタクシはこの仕事に就いたばかりでして、研修中の身です。まずは本当に人間の願いを叶えられるかどうかテスト、ということで、対価なしであなたのお願いを三つ叶えましょう」

「本当か? 本当に対価はいらないのか?」

「ええ。対価なしで三つ願いを叶えましょう。悪魔は嘘をつきません」

「じゃあそうだな。一万円くれ。もちろん本物のだぞ」

「わかりました」

 悪魔が不思議な呪文を唱えると、虚空に一万円が現れた。差し出されたそれは、間違いなく本物の一万札だ。

「昔の怪我のせいで膝が痛いんだ。治してくれ」

「わかりました」

 事故に遭って以来、膝の痛みはずっと悩みの種だった。それが悪魔が不思議な呪文を唱えると、みるみるうちに痛みはなくなり、歩いても走っても飛び跳ねても、痛みはほんの少しも顔を出さなかった。

 悪魔は、じっとしているだけで対価を要求する気配はない。

「じゃあ、三つ目の願いだ」

「なんなりと」

「叶えられる願いを、百個に増やしてくれ」

 それからは夢のような日々だった。金、女、酒、娯楽、なんだって手に入った。ありとあらゆる願いを、悪魔は「わかりました」の一言で叶えた。

「次の願いは……」

「お待ちください」

「ん?」

「今ので、最後です」

 どうやらついさっき願ったことで、増やした百個の願いも使いつくしたらしい。しまった。叶える願いを千個に増やしてくれとでも言うべきだったか。

「まあいいや、十分だ」

「そうですか。では」

 こほん、と悪魔は軽く咳をする。

「ワタクシが対価なしで叶えると言った願いはあくまで三つだけ。

 さあ、他の願いの対価をいただきましょうか」

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