廃屋の中にて

 廃屋を探検しよう、と友達を連れてきた。


「いいねぇいいねぇ。ガキの頃よくやってたわー」

「君さ、ここハワイじゃないんだけど」

「あったりまえだろ何だよ急にー」

 そう言って、アロハシャツにサンダルという南国スタイル、それに加えてなぜか巨大なリュックを背負っている不動くんは、まだ遠くに見える廃屋の写真を撮った。

「廃屋、いいわよね。小学生の時、セックスしてた馬鹿どもを驚かせて遊んでたわ。とても楽しかった」

「懐かしいなー」

「なんでそんな思い出しかないんだ君らは」

 眉間に皺を寄せて、眼鏡の御山くんは不動くんと、紅一点の泉さんをにらみつけた。

「石川くん、なんでこのW馬鹿を誘ったんだい。君は高校からの付き合いからだからまだ実感がないんだろうけどね、こいつらは本当にろくなことしないんだ」

「い、いや、だってこういうの好きそうだし……僕だけじゃ怖いし……」

 石川、つまり僕は急に御山くんに肩を組まれて驚いて少し立ち止まってしまった。

「何よ」

「じゃあなんでテメーも来たんだよ。文句有るなら来るなよ」

「君らがやらかす前に止めに来たんだよ!」

「はっ、テメーがいても俺らは何かしら“する“ぜ……?」

「自覚があるならもう少し自制心をだな!」

「着いたよ」

 僕の言葉に、不動くんは掴みかかる御山くんの手をすり抜けてドアノブを掴んだ。退色し、蔦が茂り、いかにもな廃屋の風情があるドアは、あっさりと開いた。

「あー、それでなんだっけ、誰が死んでるんだっけ、ここ」

 廃屋の中を写真で撮りながら、不動くんが尋ねてきた。

「家自体は持ち主が高齢でなくなって引き取り手がいなくて廃屋になったっていう問題がない経緯でこうなったけど、探検にきたチンピラが何人か変死してるね」

 僕が答えると、いいねぇいいねぇと不動くんは楽しそうだ。

「チンピラの幽霊なら殴っても良心が痛まねえな」

「なんで殴る前提なんだよ」

「お金になりそうなもの、見つからないわねえ」

「盗るなよ!?」

「……ダメ?」 

「ダメだろ!」

「で、その間抜けなチンピラくんはどこで死んでたんだよ」

「地下室らしいけど……」

「地下室!」

 泉さんが大きな声を上げた。

「隠し金庫とかありそうよね!」

「仮にあったとしても盗るなよ!?」

 地下への階段は一階の奥にあった。窓からの光も望めないため、みんなそれぞれ持ってきた懐中電灯を点ける。僕は怖くてしかたないが、不動くんは鼻歌を歌ってるし、泉さんはまだ見ぬお金のことに夢中だし、御山くんはそんな二人にイライラしている。怖がっているのは僕だけだ。

「お、ホラー映画みてえ」

 地下に来る前に見て回った一階や二階は一般的な日本の民家という風だったが、地下になると途端に廊下に絨毯が敷かれ、絵画が飾ってあり、照明も凝ったデザインのものになっている。

「あらステキ。外国のお家ってかんじ」

「上は実用的で、地下は趣味全開ってかんじだな」

「たしか、奥のほうだって。死んでたの」

「行こうぜ!」

「気が進まない……」

 御山くんは呆れつつも不動くんのあとを追う。泉さんと僕もそれに続いた。

「この部屋かな~?」

 一番奥にあったドアを開けて、中に入る。僕らも続けて入ると、中も廊下と同様の古風な西洋趣味の部屋だ。絵画があり、暖炉があり、あえて古い時代のランプが置いてある。

「……ん?」

 人が、いた。女だ。そして、膝立ちの男が一人。 

「ありゃ、先客?」

 その声に反応して、女はぐるりと首を回してこちらを向いた。

 女には、顔がなかった。

 頭はあった。だが本来目や鼻や口があるべき部分が、まるごと大きくくりぬかれていた。向こうの景色が丸見えなくらいだ。どう見ても致命傷だというのに女は倒れるそぶりはなく、腕を動かし、掴んでいた男を片腕で持ち上げて、こちらへと投げつけてきた。

「うわっ」

 全員それはよけたが、男がぶつかったせいで扉は閉じた。男は血泡を吹いてぴくりともしない。肌はとっくに白くなっていて、投げつけられる前にはもう亡くなっていることを示していた。


 ギリギリギリギリ……


 ネジを巻いたかのような音がする。女は四つん這いになったかと思うと恐ろしいジャンプ力で飛びかかり、重力を無視して扉へと貼り付いた。

「な、なによこれ!」 

「ば、化け物……」

 泉さんが御山くんの陰に隠れる。僕は怖くて金縛りにあったかのように動けない。

 みちゃり、と水っぽい生々しい音がする。

 辛うじて残っていた“顔“の内縁部から、無数の歯が生えてきていた。歯が生えた場所から血が滴り落ちて、床に新しい模様を作っている。

「キモ」

 一言。それだけ呟き、不動くんは何の躊躇もなく化け物を殴り飛ばした。化け物の体はドアから離れ、床にたたきつけられた。

「ふ、ふど────」

「俺さ」

 急に、語り始めた。

「人殴るの、好きなんだ」

 不動くんは背負っていたリュックを下ろして、中から何かを出そうとしている。

「幼稚園のときにな、からかわれたんだよ。まあ、日陰なんて変な名前だからな。気付いたら相手のガキ大将に馬乗りになってボコボコにしてた」

「…………?」

「さっきまで元気でいばってた相手が、どんどん元気がなくなってしおれてくのがめちゃくちゃ面白くて、ずっと見ていたくて。けど、実際やると怒られるだろ。捕まるだろ。だから我慢してたんだ」

 不動くんが鞄の中からだして構えたものを見て、ぎょっとした。

「けどいいよな? こいつ人じゃないもんな? 殴っても怒られないよな? 親父も母さんも兄貴も姉貴も怒らないよな? 殺しても怒られないよな? なあ? なあ? なあ?」

 チェーンソーが、彼の手に合った。

 鞄の中に入っていたのは、充電式のチェーンソーだった。特徴的なあの音をかき鳴らし、刃が高速回転をしている。

「おい、君、なんでそんなもの……」

「昨日サメ映画を一気に摂取してな」

「び、B級映画の真似なんて、馬鹿か君は!」 

「いやまあ本当はチンピラとか浮浪者とかいたらおどかして遊んでやろうとしてたんだけどさ。

 まあまあいいじゃん。お前ら邪魔だからさっさと逃げろよ」

 たしかに、殴り飛ばしたおかげでもう扉から逃げることも容易い。


 みちみちみちみち……

 

 また、肉肉しい音がする。再び四つん這いになった女の背から、脇から、足から、次々と出血しながら白い手が生えていた。

 そしてその白い手は、全てが包丁やカッターといった刃物をもっている。その切っ先が、全てこちらに向いた。

「ほれ、行け」

「そうねっ」

 泉さんが真っ先に逃げる。続いて僕と御山くんも走り、全速力で外へと逃げ出した。

「な、なにあれ……」 

 家から離れて、ようやく足を止めた。全速力を出したせいか、たいした距離でもないのに全員息が上がっている。

「日陰クン……」

 振り返って家を見ながら、泉さんは手を合わせた。

「残念だわ……顔と体だけはいい男だったのに……」

 はぁー、と御山くんが大きくため息をついた。

「ふ、ふ、不動くん、どうなのかな」

 僕が口を開く。動揺してうまくしゃべれない。

「うーん、死んだかしら。チェーンソーって武器にするとすぐに使えなくなるって聞いてるわよ」

「仮に死んだとしても廃墟探索にチェーンソー持ち出すバカだぞ。死んだ方が世のためだ、うん」 

 さすがに生死を確認するためにまたあの化け物の家に行く気はせず、僕らはそこで解散した。

 

「おはよっす」

 翌朝、不動くんは普通に元気に登校してきた。泉さんが弾丸のごとく素早く真っ直ぐ不動くんを抱きしめる。

「おはよう! さすが日陰クンよ! 賭けは私の勝ちね! さあ約束通りファミレスを奢りなさいな!」

「クソ! 今度こそは死んでると思ってたのに!」

「お前らあとで校舎裏な?」

 抱きつく泉さんと頭を抱える御山くんに、中指を立てる不動くん。他のクラスメイトが訝しげな顔をしている教室を出て、空き教室にきた。

「まあ、普通に勝ちました」

「実は負けて乗っ取られてますなんてオチじゃないでしょうねー」

「ホラー漫画でありそうだな……」

 泉さんが不動くんの周りをぐるぐると回っている。御山くんもじっくりと観察しているようだ。僕にはいつも通りの不動くんに見える。

「乗っ取られてねえよ。普通にバトって勝ったっつーの。まあ、ただ、バトッてる最中に器物破損とか……その……まあいろいろ……だから、サツに来られるとちよっとアレだしなかったことにしようぜ!」

「言われなくてもそうするわよ」

「こんな話、言っても信じられないだろ」

 信じるのはオカルト好きの三島さんくらいだろ、と御山くんは言う。

 チャイムが鳴り、自然と教室に戻る。泉さんと御山くんが並んで戻り、僕はそれのだいぶ後ろについていく形になった。

「おい」

「うわっ」

 不動くんがいきなり肩を組んできた。不動くんが小声で僕に囁いてくる。

「あいつから聞いたぞ~?

 お前、先週一人であそこにいってあいつに捕まって、『代わりの友達を連れてくるから自分だけは助けてくれ』って命乞いをしたらしいな」

 背筋が凍る。寒気がする。

 知られてしまった。

「友達裏切るなんてヒデェじゃねえか~」

「……………………っ!」

 今の今まで笑顔だった不動くんが、一瞬で真顔になる。

「お前、ちょっとツラ貸せや」

 弾けるように、僕は走り始めた。不動くんの腕から逃れて、泉さんと御山くんを追い越して、教室すらも通り過ぎて。

 逃げなければ、逃げなければ、どこか、どこか安全な場所に────。


「え、何?」

 いきなり石川が走り抜けていって、泉と御山が不思議そうな顔をしている。

「ふっふっふ」

「おい、なんだ君。石川くんをいじめたのか? たしかに誘ったのは彼だが……」

「いやいや、いじめてねえよ」

 ニヤニヤとしている不動。それにも二人は不思議そうな顔をしているが不動はそれには答えない。

「いじめってのは理不尽なことだもんなあ? じゃあこれは理不尽ではないからいじめではないよな。正当な報復ってやつだ」

 呟く。

「ふふ、いやあ言い忘れちまったな。あいつにお前ん家の住所、教えといたって」

 ふふ、と不動は小さく笑った。


 逃げなければ。逃げなければ。どこか安全な場所に行かなければ。

 どこだ。どこかは分からない。とりあえず貯金を下ろさなければ。通帳をとりに、家に、行かなければ。

 駆け抜けて、家に着く。鍵を開けて、明かりのついていない自宅に入る。


 奥のほうで、物音がした気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る