究極の美食
私には霊感がある。なので妖精さんと会話をすることができる。
「究極の美食?」
『ええ、あなたにもぜひ味わってもらいたいと思って』
数日前に川で溺れていた妖精さんを助けたら、お礼としてお茶に招待された。町中を妖精さんの案内で進んでいくと見たことがない道が現れ、そこに入り込むとなぜか山の頂上に着いた。きっと妖精さんの案内でなければ到達できない場所なのだろう。
「ここで食べるの?」
『こっちよ』
冬の山頂にも関わらず花咲き乱れる野原のなかに、椅子とテーブルがあった。柵はあるが、なぜか崖に近い位置にある。
(景色を見るためかな)
そう思うくらいに、崖の向こうは絶景だ。花と木々と、山の中にあるはずのない海が作り出した幻想的な世界。
『食べさせたいのはこれよ。食べてみて』
「! すごい! 甘くて美味しい」
すもものような形をしたそれは、齧るとしゃくっと音がたつ。瑞々しく、汁が口の中に広がった。黄色い色のものは固めの果肉で甘味の中にも酸味があり、桃色のものは柔らかく甘味が強い。赤い色のものは塩気があるが、他のものの合間に食べるのがちょうどよい。
美味しい、たしかに美味しいが。
(究極ってほどではないかな。とっても美味しいけど)
『さて、本番はこれからよ』
「本番?」
『これを真に美食たらしめる理由はね、あの斜め向かいの崖よ』
指されたほうを見れば、崖の合間に生えている木に今食べた果実が鈴なりに生っていた。
『ここら一帯の山の崖にしか生えないの。しかもいつもは本当に酷い強風が吹き荒れるから、一日のうちに数時間しか採ることができないわ。その数時間も、それなりに強い風が吹くから空を飛んで採ることはできないの』
「それじゃあ収穫は大変だね」
『ええ。だからこれの収穫をすると、当然高く売れるわ。一攫千金を夢見る方々が挑戦するの。あれを見て』
たしかに、山肌を妖精さんたちがよじ登っている。慎重に慎重に山肌にしがみつき、木々に手を伸ばし果実をもぎ取り、背中の籠に入れる。
「あっ」
そして、大きな大きな鳥に食べられた。周りの妖精さんは意に介すことなく、岩肌にびったりと貼り付いている。
それでも巨大な怪鳥の力には及ばず、ほとんど食べられてしまった。生き残っているのは、運良く近くの木々に隠れられた者だけ。
『ね?』
「…………」
『あの鳥の前じゃ私たちは無力。それでもあんな危険な真似するのはね、みんな借金を負っているからよ。こんなことをしないと、生きていけない方々』
「…………」
『収穫して下に降りても漁夫の利を狙う方々に追いかけ回されて、最悪殺されて奪われるわ。仮に無事に帰って売り払うことができても』
しゃくり、と果実を食べる。
『借金を減らすだけで、こんな美味しいものを一口も食べることができないの。一方で、お金さえ出せば私たちは労することなくたくさん食べられる』
ぺろり、と唇の周りについた果汁を舐めた。
『そう考えると、なぜか普通に食べるよりもとてもとても美味に感じるの。不思議ね?』
「………………」
『さあ、あなたも』
果物が入った皿を、ずい、と差し出す。
『食べましょう。味わいましょう。これは私たち、選ばれた者だけが楽しめる美味だから』
また怪鳥が、岩肌にいた妖精を食いちぎった。
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