呪われたお金持ちの家

 俺の家の近所に、“呪われた金持ちの家“がある。


「ふんふーん」

 その日俺は上機嫌だった。なんせ念願の、愛しの愛しの愛しの、片思いしてるクラスの子、三島の連絡先を手に入れることができたからだ。

 土下座したけど。

 土下座して頼んで、「しばらく土下座くんって呼ぶね」って無表情で言われたけど。

「機嫌いいね」

 学校からの帰り道。三島といっしょの帰り道。

「だって念願の三島の連絡先だしぃ。夜にLINE送るな!」

「頻繁に送ってくるのは止めてね、土下座くん」

「あ、本当にそれ言うんだ……」

 三島は割と容赦ない。小柄でお人形さんみたいな見た目だが、中身はけっこうクールだ。そういうとこ好き。自称お化けや幽霊が視える『霊感少女』なのでクラスの中では「痛い子」という扱いだが、俺はそういうところも好きだ。個性的な女の子っていいよね。出会って即好きになって以降ぐいぐい接触して割と、いやかなり強引ながらも一緒に下校するようにはなれた。

 しかし現実は悲しい。学校からだと、三島の家よりも俺の家のほうが近いので、お別れが来てしまうのだ。「不動」という表札がかかった家まであと数分。

「…………あー……………」

 男が、立っていた。

 半裸で、虚ろな目の成人男性。念のため三島を下がらせて、かばうように俺が前に出る。男は俺たちに気にすることなく、うろうろし始めて、別の道に入っていった。

「……変質者?」

「いや、違ぇ。あれは、“呪われた家“のやつ」


 俺の家の隣の隣に、やたらデカい家がある。大地主ってやつで、何百年と金持ちで居続けてるというスゲー家。

 けど、呪われているともっぱらの噂。家の人間が、まともに育たない。全員ではないが、大人になるとああやって空虚な顔をしてうろつくようになり、そして若くして死ぬのが多いのだ。

 だから昔から言われている。あの家は呪われていると。

 何百年も金持ちだと昔白蛇を殺しただの、金を貸すのを断ったら家の前で自殺されただの、ともかく原因とも言える話が多い。

「ふぅん。大変だね」 

「急に叫びだして公園の池に飛び込んで溺死事件とかもあったぜー。死体見つけたの俺」

「近所の人はどう思ってるのソレ」

「そりゃ迷惑だなーって思ってるよ。けど、なんせ大地主様だし、表だっては何も出来ねえ。逆らったらむしろ仕事がやばい的な」

「面倒だね」

「だろ? だから遠回りしてでも子供近づけねえとかぐらいしか出来ねえのよ。まあうちは隣の隣だから無理だけどあっはっはっは」

 変なのも出たし、遠回りしたほうがいいぜと三島に忠告する。三島も少しきた道を戻って大通りを経由して帰ろうと、振り返って、

 そして、三島の前を塞ぐように男が飛び出してきた。

 同じ男だが、今度はさっきとは違い、ギラギラした目でこっちを見ている。そしてポケットから、カッターを取り出して刃を出す。ちょっと話してる間に何危ねぇもん用意してんだよボケ。

「…………」

「……静かに下がるぞ」

 俺は再びかばうように三島の前に出る。刺激するのは不味いと判断して、そろそろと二人して後ずさりする。が、男はカッターの刃先をこちらに向けた。

 この間読んだ少年漫画を思い出す。強い敵の蹴りをわざと受けて、腹に叩き込まれた足を掴んで形勢逆転するという話だ。

 俺が刺されたら、三島は刺されない。

「…………………………………………………………………」

 色が濁っているのに眼光だけがやたら鋭い目が俺をじっと見る。ずぶずぶとカッターの刃は俺の腹に沈んでいく。

 ああもう痛ぇし息臭えんだよマジで殺すぞ。


「あんたんとこ、本当にいいかんげんにしてくれませんかね!?」

 親父が盛大にキレてる。息子が刺されたんだから当たり前だが。

 あの男は俺を刺すとさっさとその場を立ち去った。刺されたと言ってもカッターだし俺は鍛えてるしでそんな深い傷ではない。抜くと血が余計に出るからそのまま家に帰ったんだが、母さんは腰を抜かしていた。

 即座に親父が帰ってきて、あの家に超クレームを入れた。今はあの家でも日本語が通じる奴が俺の家に来ている。人払いはされたが母さんと兄弟一同、近くの部屋で聞き耳を立てている。

「治療費に加え慰謝料として」

「だからそういう話じゃなくて!」

 金の話しかしねえ。プロレスラーみたいな親父相手にピクリともせずに淡々としているのはすごい。

「……それは脅迫って言うんだ!」

 相手が何やらボソボソ喋ったと思ったら、親父が叫ぶ。親父は近くの建設会社の幹部だ。大地主様なら如何様にもできるだろう。

「では仕事があるのでこれで」

「なっ……!」 

 部屋から蛇みたいな印象がある、陰険そうな男が出てきてさっさと家からも出ていってしまった。俺を刺した男になんとなく顔が似てるから、きっと兄弟なんだろう。

「まったく、ほんとろくでもない! 飲まなきゃやってられん!」

「あらあら」

 母さんが慌ただしく焼酎を用意する。話し合いが行われている机の上をチラ見すると、重ねられた分厚い万札の束があった。

「ろくに謝ってなかったね……」

「そりゃ、あの家だしな」

 兄弟姉妹一同はリビングでテキトーに雑談をする。

「呪われてんだよ。ろくなやつが産まれねえって呪いにな」

 呪いかぁ。

 霊感少女の三島の目には、あの家はどんな風に視えるんだろうか。 

 そんな風に思っていると、携帯が鳴った。

「三島? 何どうした。……え、心配してくれてんの!? マジで!? 平気平気! 愛してる~~~~~!!!!!

 もらった電話で悪ぃけど、あのさぁ……ちょっと頼まれてくんねえ?」


*******


 近所がマスコミで騒がしい。隆盛を失ったあの家に向けて、舌を出す。

 あの家の富は、大麻の栽培と販売で得たものだった。表向きは地主とマンション経営で誤魔化していたようだが、昔からそうだったのだ。

 数十年ものの富が崩れたのは匿名の通報が入ったのがきっかけだ。県警はきっちり仕事をしてくれて、あの一族のほぼ全員が大麻やら覚せい剤やらで捕まることになった。

 ろくな人間がいないのも、クスリを覚えて廃人になるか、クスリを売って儲ける犯罪者かのどちらかしかいないのだから当たり前だ。幽霊の正体見たり枯れ尾花。全ては呪いではなくクスリのせいだ。

「匿名とはいえよく通報したね」

 三島は今日も無表情。帰り道の夕日で淡くオレンジ色になった三島は今日もかわいい。

「だって三島言ってたじゃん。あの家は呪われてないって」

 ふと思い付いて、あの家を三島に視てもらったのだ。結果は「呪われてないし、お化けも幽霊も何もいない普通の家」だった。

 だったら、あのイカレぶりにはちゃんと現実的な理由があるはずだ。

「俺を刺したあいつの息、青臭いわりに甘さもある変な臭いだったが、それ大麻の臭いって言われてたの思い出してさ、こりゃ一族郎党キメてんだなと思って通報したんだよ。

 まさか栽培と売人までやってたとは思わなかったけどな」

「お手柄だね」

 三島は俺をじっと見る。

「何? 惚れた?」

「別に。ただ私の言うこと普通に信じる人、珍しいから」

「そりゃ好きな娘が言うことだし。そんな俺と明日デートとか、どう?」 

「いいよ」

 普通にOKされたのは初めてだったので思わず固まった。え、マジ? 

「普通に遊ぶだけならね」

「言葉が……出てこねえ……」 

「何それ」  

 この歓喜の最中に日本語を話すのは難しいら。浸っている俺の隣で「変な人」と三島は小さく呟いた。

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