初夢(丑年)

 諸説あるが、初夢とは、一月一日から一月二日にかけて見た夢のことをいう。


*****


 ほとんど何もない空間にいた。

 ただ白いだけで、ベンチが一つだけぽつんとあるだけの世界。私は一人でそのベンチに座ってボーッとしている。

(白い……)

 私の服もベンチも白くて、世界とそうじゃないモノの境は曖昧だ。このままぼんやりとしていたら全てが溶けてひとつになってしまいそうな気さえしてくる。

(夢……だろうけど、やだなあ。夢の中って起きてから「なんで?」って思っちゃうくらい変なことを真面目にしちゃうときあるし……)

「よお、三島」

 そんな気をぶったぎったのは聞きなれた声だ。いつの間にかベンチの後ろにいた、黒髪長髪褐色肌で黒い服の不動くんはこの空間ではやたらと目立つ。

「な~にしてんの?」

「別に……なにもしてない……」

「ふーん。ところでさあ、三島はどんな牛柄ビキニにした?」

「……………………………は?」

 牛柄ビキニ。異様な単語に体が固まる。

「丑年だからさあ、牛柄ビキニつけるのは当然じゃん。俺はセェクシィ~な紐のやつにしたんだけど……あ、見る?」

「見ない」

 服をまくろうとした不動くんを止める。

(夢常識……!)

 これは私に限ったことではないだろうが、夢の中で起きたときに「なんで夢の中の自分はそれを素直に受け入れてるんだよ」といったような珍妙な事柄が常識となっていることがある。私はそれを夢常識と呼ぶ。どうやら今回は「丑年には牛柄ビキニを着る(男女問わず)」が夢常識のようだ。

「で、どんなのにした?」

「私は着ないよそんなの」

「は~? 着てるに決まってるじゃん丑年だぞ。ほら自分で確かめてみろよ」

「そんなわけ……」

 ないと思いつつ、襟ぐりを引っ張って中を確認してみる。

「……………っ!」

 着ていた。

 牛柄のビキニを、着ていたのである。

「え……なんで……」

「そりゃ丑年だし。ほら、みんなも着てるぜ?」

 白いだけの世界だったはずのそこは、仙台駅二階から直通の広場になっていた。広場と歩道橋が合体したペデストリアンデッキという名称の形態のそこは、いつものようにたくさんの市民が行き交っている。

 問題は、冬なのに老若男女問わず全員が牛柄ビキニの姿なことだ。服すら着ていない彼らは寒がることなくある人は福袋を持ち、ある人はスーツケースの車輪を転がしている。服を着ているのは私と不動くんだけだ。

「…………………………………………………………………」

「ほら、三島も脱げよ」

「…………………………………………………………………やだ……………………」

 正月からなんて夢見てるんだ私は。悪夢もいいところである。

「えー、なんで。せっかくの巨乳じゃん」

「は?」

 その言葉で、ようやくもう一つの異常に気づく。ああ、その通りだ。胸が明確に大きくなっている。CかDかはわからないがそのくらいにはなっている。

「丑年だから乳でかくなるのは当然だろ?」

「へー……そうなんだ」

 訂正。良い夢だ。たのむからこの部分だけは正夢になってほしい。別に胸のサイズなんて些末なことは気にはしていないが胸が大きくないと映えない服というのは存外に多い。……本当に気にしてるわけではない。本当に。

「それでも俺の方がでかいな。ごめんな」

「……は?」

「いやーごめんな巨乳で。俺のは筋肉だけど。もとからでっかいから俺のはサイズ変わってないんだ。それなのに正真正銘の女の子の三島よりでっかくてごめんなあ?」

「……………………………は?」

 いや、確かに不動くんはかなりがっしりしているから胸囲はあるし普段のサイズだと敗北を喫したが。

「……さすがに今は私の勝ちでしょ」

「えー?」

 なんだそのムカつく顔。

「んー…………俺の勝ちだと思うなあ」

「なにそれ。腹立つ」

 ムカついたのでどんどんと拳で不動くんの腹を打つが、天然の筋肉の鎧を身に付けている不動くんはびくともしないし、笑っている。

「三島のパンチ、雑魚くてかわいい~」

「金槌とかで殴りたいんだけど」

「えー、こわぁい」

 この夢の不動くんムカつくな。腹立つままに拳で腹を打ち続けるが、余裕の顔を崩すことはできない。それを何発か繰り返している打ちに、鈍い、妙な感覚が手に這った。

「……………は?」

 持った覚えのない包丁が手の中にあって、紅く染まっている。不動くんは一言も発することなくぐらりとベンチの上に倒れた。腹についた傷からどんどん血が流れ出てきている。

「え……ちょっと……」

 揺さぶるが、一切の反応がない。完全に死んでいる。

「ど、どうやって隠そう……」

 不動くんを背負って仙台の町を歩く。どうしよう。どうやって秘密裏に処理しよう。この大きさならバラバラにするのも大変そうだ。

『硫酸屋~硫酸屋でございます』

 その機械音声にハッとする。近くに硫酸屋の屋台が来ている。硫酸で全部溶かしてしまえば、あとはどうとでもなるだろう。

『硫酸、硫酸はいかがですか。三が日特別価格で販売しております。蟻、蒸発、みかん、ぬむめら、ペンタゴン、ストレスの種、その他もろもろ全て溶かせるものをご用意しております』

 モタモタしてはいられない。屋台が去ってしまう前に、さっさと硫酸を買わないと。


*****


「………っていう初夢というか悪夢を見て気分最悪だから共有して」

 そこで朝になって目が覚めて、わけのわからない初夢で頭が痛くなったので不動くんと"共有"した。

『それは共有するもんじゃねえと思うなあ』

 俺殺されてるじゃん、と真っ当なツッコミを受ける。

「……不動くん初夢なんだった?」

『友達みんなとラーメン食べる夢』

「いいなあ……」

『ナルトがさあ、めっちゃでっかかった』

 いいなあ、平穏な夢で。夢とはいえ、心底不動くんが羨ましかった。

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