とある日の一夜
当たり前だが……この"霊感"にはとっくの昔にうんざりしているのだ。
妖精さんや無害なお化けとお話しするのは少し楽しいときもあるが、それは収容所の中で暮らしているときに窓と鉄格子の向こうの雀の来訪を楽しみにしているようなもので、苦しみの中で精神の均衡を保つために行っている行為なのだ。
みんな、空が領空争いで色を塗り替えられていることを知らない。
みんな、空には巨大なおじさんの顔が浮いていることを知らない。
みんな、子供がなくした風船が塊となって、鳥の羽を奪って空を泳いでいることを知らない。
雲一つない美しい青空なんて知らない。その青空は塗り替えられるし、穴が空いて何かが手招きしているし、ときには何かの葬列が空を横切っているから。
「だから、景色がいいところとか行きたくない」
「ふぅん」
意味ないもの、と続ける。不動くんから、世界を混乱に陥れているアレが終わったらどこかに行こうと誘われたのだ。
「難儀だこと」
「そうだよ」
「俺がお化け、全部殺してやろうか」
「無理なことは言わないの」
「まあ全殺しとか絶対めんどくさいしな……」
ふうむ、と思案顔だ。今度は何をろくでもないことを考えているのだろうか。
「……なあ、夜に俺ん家こいよ」
「……来たけど、何?」
夜。目的は聞かされないまま、不動くんの家を訪れた。
「さあさあどうぞどうぞ」
なんでか浴衣を着込んでいる不動くんに招かれたのは、二階の和室だ。
なんの変哲もない、座卓と座布団と棚があるだけの客間。窓際には風鈴がつけられていて、りん、と小さくなっており、座卓の上で蚊取り線香が細い煙を放っていた。
静かな和室。……お化けすら、そこにはいない。
「…………何したの」
「前にオカルト雑誌で読んだんだよぉ、お化けって煙とか金属の音に弱いんだろ?」
「まあ、その傾向はあるね」
「風鈴とぉ、蚊取り線香でやってみましたぁ。どう?」
「……まあ、いないね」
しずしずと部屋にはいる。部屋は少し煙のにおいが強い。おそらく少し前まで燻していたのだろう。気になるのはそれくらいで、壁にも天井にも窓にもお化けの姿はいない。
……ああ、ずいぶんと目に静かな世界だ。
「今は、多分三島と俺が見てる世界は同じだからさ。見せてみたいと思ってさ」
「……そうだね」
「お、そ、ろ、い」
うふ、とわざとらしく笑ったあと、手を私に絡ませてくる。
「あと、本当に本当に二人っきり」
「おばか」
「雰囲気で付き合ってくれない? だめ?」
だめ、とすげなく断る。お調子者め。
悪辣で、意地が悪くて、勢いで行動して、それでもなんやかんやでモテていた理由は、少しわかった。
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