時間を操り取り戻す
犯人蔵匿の罪で、懲役一年。それが俺に科せられたものだ。
長年の友人が、金のトラブルが原因の言い争いの勢いで三人殺して逃走。指名手配されて泣きついてきたあいつをしょうがなく匿ってやったら、警察がやってきた。
(やっぱ見捨てときゃ良かったあのアホ)
酒もタバコもなんにもない刑務所にいると、いつもそんなことを考える。泣きついてきたあいつを匿うフリをして、密かに警察に通報。そうしたらこんなとこで暮らすはめにはならなかったし、むしろ感謝されたかもしれない。
「兄ちゃん何考えてんの」
「あのアホ見捨てときゃ良かったって」
「兄ちゃんいっつもそれだなあ」
同室の中年受刑者がケラケラと笑う。たしかこいつは窃盗だったか。
「だって俺今日誕生日っすよ。何が悲しくて誕生日をムショで迎えなきゃいけないんだって」
「……いいこと教えてやろうか」
「いいこと?」
「兄ちゃんそろそろシャバに出るだろ。い~いこと教えてやるよ」
「……なんだこりゃ」
刑期を終え、特に問題もなくシャバへと帰ることができた。元々の仕事が下世話な記事がメインのフリーライターだからか、むしろ刑務所関係で一本書かないかと連絡が来た。
そして「い~いこと」とやらがとあるネットショップだった。dokidoki‐san.comという怪しいサイト。なんと全品無料。送料も無料。うさんくさいことこの上ない。
「……酒飲みながら見るんじゃなかった」
うさんくさすぎるそこから届いた時計が、今手の中にある。昨夜、飲みながら見てしまったばっかりに、商品を選んでしまったのだ。
その1 横についてるつまみを回して押してね! 指定した過去に戻れるよ!
その2 未来には行けないよ! 残念!
その3 やり直しはできないよ!
その4 戻れるのは時計に初めて触ったときから最大で二年前までだよ! 十年前とかは無理だよ! ごめんね!
その5 三回しか使えないよ! 気をつけて!
やたらとテンションが高い説明書。ジョークグッズにしては凝っている。だからつい、遊ぶ気持ちで「一日前」に指定をして、つまみを回してみた。
「ふあっ!?」
視界が暗くなり、寒くなって驚愕する。さっきまで自室にいたのに、今は近くの公園のベンチの上だ。片手には、ストロング系の酒を入れた、アイスボックスを持っている。
それは、昨日の自分の行動。ポケットに入っていたスマホは、昨日の日付を指し示している。まるで昨日に戻ったかのように。
唯一の異物。昨日の自分との差異である、手首の腕時計と、ベルトと腕の間に挟まっていた説明書。説明書を広げると白い部分だったはずのところに、
その■ 成功したね!おめでとう!あと二回だよ!
そう、付け加えられていた。
(……………っ!)
驚いて、固まる。だが頭は不思議と冷静で、この非現実的な事象を受け入れていた。
(戻るっきゃねえ! 二年前に!)
罪を犯す前。幸い出所後も親や友人は世話を焼いてくれるが、彼女にはフラれたし一部の友人からは距離を置かれた。仕事だって新しい仕事も来るには来たが、パーになった仕事のほうが多い。
そして、二十五歳の誕生日を刑務所の中で迎えたのが、なぜか一番堪えたのだ。何してるんだ自分。本当に馬鹿だ、と。一日中そう考えていた。
(最初に時計を触ったときから二年……あのアホが殺しをする前には戻れねえな。じゃあ、今度こそ通報してやるか)
そして、二年前に時間を指定し、つまみを回す。
雨。
あの日と同じ雨が降っていた。暮らしている場所は今の安アパートではなく、捕まる前に暮らしていた、ちょっと広めのアパート。テレビに映っているのは、半年前に終了した番組。
(ああ……)
戻ってきた、と実感して、なんだか力が抜けてソファに座る。ぼんやりと懐かしいテレビ番組を見ていると、チャイムが鳴った。
「……はーい」
誰がいるかなんて、分かっている。
「……頼む。匿ってくれ」
ボッ、とコンロに火が灯る。空腹らしい友人を見かねて、カップラーメンを用意してやるためだ。
「ほれ、熱っ、ラーメンできるまでおにぎりでも食ってろ」
レンジから取り出したコンビニおにぎりと、ウズラの燻玉風の袋、ペットボトルの茶も出す。あの日もそうだった。
「すまねえ……すまねえ……」
俯いてそう言いながら、バクバクと貪り食う。おにぎりであっさり火傷をして、茶で紛らわせていた。何もかもがあのときと同じ。
(警察が来るのが一ヶ月後……それまでに通報すりゃ良い。なんなら夜中にこいつが寝たら電話してやる)
コレで自分の人生は安泰だ。あとは残り一回で、賭け事でもして一山当てるのだ。
(しかしなんで一ヶ月も匿ったんだったか)
何でだっけ、と思いながら湯を注ぐ。思い出そうとするが、無理だった。刑務所の中で「見捨てときゃ良かった見捨てときゃ良かった」と言っていたことばかり思い浮かぶ。
三分経ったので、カップラーメンを差し出した。俯きながら礼を言いつつ、ズルズルと貪り食う友人は、野宿してたのかどこか小汚い。
(……………)
昔は、むしろ自分が小汚かった。金持ちの家の友人と、貧乏な家の俺。けど友人は見下すことはなく純粋に友人として接してくれたし、ゲームを貸してくれたり、勉強を教えてくれたりもしてくれた。
ああ、そう言えば昔は友人の家で菓子を貪り食っていたのは自分のほうだったか。
(……………)
胸ポケットに入っていたタバコを取り出し、白い煙を吐く。
馬鹿で貧乏な自分が唯一友人に勝てたのが運動神経だった。友人は鉄棒はできないし泳げないし走るのも遅くて、そのわりに負けず嫌いだったから俺を先生として何度も何度も練習した。
だから、逆上がりが出来るようになったり、クロールで二十五メートル泳げたり、運動会で三位になれたときは、とてもとても喜んで、そしていつも「お前が教えてくれたおかげだ」と礼を言ってくれた。
今みたいに下を向いてではなく、しっかりと自分の顔を見据えて。
(……………)
また、煙を吐いた。まだ長いタバコを、灰皿に押しつける。
「おい」
「な、なんだ」
「そのヤっちまったやつらに金貸したのって、ここ二年以内か?」
「? ああ、去年の今頃だからな……」
「そうかい」
手首に巻かれていた、腕時計を友人にはめる。「時計に初めて触ったときから」最大二年間自由に時間移動ができる時計。
「え?」
「もうアホに金貸すんじゃねえぞ」
そして勝手に二年前に設定し、つまみを思いっきり回した。
二十五歳の誕生日は居酒屋で迎えた。
「おめでとぅごじゃいま~す!」
誕生日前日、飲んでいたらいつの間にか日付が変わっていた。そして、酔った口で自分へのお祝いの言葉を告げる。
「帰るぞ」
「冷たっ」
友人に引きずられて酒場をあとにする。冷えた風のせいで理性を少し取り戻した。
「お前ン家で飲み直しな」
「ふざけるな。帰れ酔っぱらい」
「飲み代でもうお金ありまちぇん。この寒い中歩いて帰らせる気か~?」
「電車代貸してやるから」
無言になって、友人の足を蹴る。
「アホに金貸すなっつったろ」
「アホじゃねえからだよバカ」
「はぁ!? 誰がバカだって!? ケンカ売ってんのか!?」
「そういう意味じゃねえよ!!!」
ぎゃあぎゃあ言い合いながら、夜の道を友人と歩く。
それが、俺の二十五歳の誕生日だった。
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