最期に

 布団の上にいる。病のせいで、自分の命が尽きようとしているのはなんとなく分かった。


 最期に、おっ父とおっ母に会いたかった。二人とは、幼い頃に災害で離ればなれになったっきりだ。今はどうしているんだろう。

「椿、お前に会いたいって人が来とるぞ」

「あたしに……?」

 あたしを育ててくれている太郎爺ちゃんが、買い物から戻ってくるなりそう言った。「おう」と、外で待っていた人を手招きした。

「椿!」

「ああ、こんなところにいたのか!」

「おっ父、おっ母!」

 少し老けているが間違いなく両親だった。二人ともかけよってきてくれて、この抱きつく力さえなくなっている弱った体を抱きしめてくれた。

 温かい。本当に温かい。ああ、なんだか眠くなってきた。


*****


 椿の体がピクリとも動かなくなった。「両親」はそれを確認したあと、音もなく、体がどんどん崩れていった。あとに残ったのは椿の遺体と、ほんのわずかな塵だけだった。

「…………」

 太郎はそれを見て、椿をきれいに寝かせてやったあと手を合わせる。

「ほおれウサギさんだ」

「すごいすごい!」

 外に出ると、若い美丈夫と子供たちが遊んでいた。美丈夫が絵が描かれた紙をサッと振ると、なんとそれに描かれていた生きものがピョンと飛び出てきた。ウサギも、猫も、犬も、なんと小さな龍まで飛び出した。

「おや太郎さん。どうだったかね」

「ありがとうよ。目論見通りだ」

 この絵を現実にする不思議な術を使う、絵師と名乗る男がやってきたのが数日前。数日前、山で滑落して動けなくなっていたのを見つけた太郎が「怪我が治るまでうちに泊まりなさい」と声をかけたのだ。元来太郎は人が好く、孤児を集めて育てたりもしていた。椿もその一人だった。

 絵師はたいそう感謝して、礼として、墨で描かれた使用人を数人贈ってくれた。どんな力仕事もできる怪力無双。強盗だってたちまち倒してくれる。家事だってお手の物。

 そして、もう一つ、太郎の望みを叶えてくれた。

「あの子が死ぬ前に、心を救ってやれてよかった」

「太郎さんは本当にいい人だな」

 絵師はフフッと笑う。

「俺こそ、こんなあばら家に泊めたくらいでここまでしてもらえるとは思ってなかった」

「いや何、俺は良きにつけ悪しきにつけ、人が描く絵を見るのが大好きでねえ」

 またサラサラと墨で馬を描き、それを現実とする。子供たちははしゃいで乗りたいと主張し、墨の使用人が抱えて乗せてやる。ほのぼのとした世界。

「俺こそ良い絵を見せて貰ったよ」

 温かい絵が繰り広げられる中、絵師の目が細くなった。

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