殺し合い

『今からあなたたちには、殺し合いをしてもらおうと思います』


 多分、夢だと思う。

 昨日の夜はいつも通り自室で寝た。朝目が覚めたら見知らぬ地下室にいて、首から「96」と数字がふられたドッグタグがぶら下がっていた。地下室があった建物、大きい洋館の外に出てみて、開けた浜辺に移動したら同じように理由も分からず起きたら見知らぬ場所にいた人々がたくさん。老若男女問わず、タグの数字のことを考えるとおそらく100名。

 全員困惑しっぱなしだったところに天から振ってきた声がコレである。

『私たちは退屈です』

『殺戮は娯楽です』

『だからみんなで殺し合って、楽しませてください』

『生き残った一人だけに、報酬として■■■■■をあげます』

 複数の、女とも男ともつかない声。この場の困惑が加速する。

『安心してください。これは夢の中です。だからここで死んでも夢から覚めるだけです』

『夢なので、どんなことをしてもいいのです。痛みや苦しみは現実そのままと同じ程度ですが、しょせん夢なのです』

『ここでどんなに痛い目にあっても、起きたら体はキレイなのです』

『心のトラウマは管轄外です』

『だから存分に殺し合ってください。本性をぶつけあってください』

 手が重い。えっ、と声を上げると、手ぶらだったはずなのに、とてもとてもリアルなハンドガンを握っていた。そして、いつの間にか重みのあるリュックを背負っている。

『装填済みのハンドガンと予備の弾、そして当面の水と食料、包帯など生存に最低限必要そうなものは今支給しました』

『他にランダムでアイテムを三つリュックに入ってます。武器かもしれません、ゴミかもしれません、薬かもしれません。運次第です』

「ふ、ふざけるな! なんだこれは!」

 近くにいた男の一人が叫ぶ。当然だと思う。

「と、突然こんな場所に来させられて、殺し合いだ!? 夢だからいいだろ!? い、意味分かんねえよ!」

『あなたは協力してくれないのですか?』

「するわけねえだろ!」

『残念です』

 ぷく、と男の頬がふくらんだ。異様なまでに、ボウリングの玉くらいに。目も鼻も額もあちこちがぷくりぷくりと膨らんで、肌色の玉の集合体みたいになった。

 破裂。

「いやああああああああ!!!!!!!!!」

 絶叫。そしてほぼ全員が一目散にこの場から逃げた。逃げてないやつはほとんどが腰を抜かしているやつらだ。

 俺は血を存分にひっかぶって、真っ赤っかになっている。

『殺戮は娯楽です』

『私たちが無慈悲に、無意味に、あなたたちを全て殺戮するのも娯楽です』

『でもそれだとあっけなさ過ぎるので、選ばせてあげます』

『私たちに殺されるか、殺し合いで私たちを楽しませるか』

『選んでください。一時間以内に誰かが誰かを殺したら殺し合いです。誰も殺されなければ、私たちが全てを殺します。娯楽のために』

「ひっ、ひいぃ……」

 俺の近くに、腰を抜かした爺さんがいた。今にも気が狂ってしまいそうな顔をしている。

「おい爺さん」

「た、たす、助けて、助けてくれ……! 夢なら早く……!」

「安心しろ。夢ならすぐ覚めるぜ!」

「そ、そうか?」

「だって、爺さん、あんたは今死ぬからな!」

 そうして、安全装置を外したハンドガンを爺さんの口に突っ込んだ。

「さて、どうすっかね」

 腰を抜かしてた連中は全て殺した。銃で撃ったり首の骨を折ったりした。全てが新感覚だった。

 連中の鞄から、役立ちそうなものを抜き取って、残りは隠しておく。序盤から支給アイテムを多く持ちすぎるのは、「俺が殺しました」と言っているようなものだ。絶対に警戒されるし、最悪集団で襲われる。

 それは避けなければ。これから俺は、こんな酷いことに巻き込まれた哀れな少年として、いいかんじに味方を作って、まとめ上げて、仲間になれそうもないやつらと殺し合ってもらって、そして最後に裏切るのだ。

「うん! がんばらないとな!」

 不動日陰。十七歳の高校二年生。俺は、負けず嫌いな男なのだ。


 みんな死ぬまで十日くらいかかったと思う。とてもとても大変だったけど、充実感がある日々でもあった。体験できないことばかりで新鮮な毎日だった。

 この手で縊り殺すのはやはり一番楽しいが、口八丁手八丁で同士討ちをさせて、自分の手を汚さないというのもなかなかに難しくてチャレンジのしがいがあった。

 たった今、仲間の最後の一人の頭を銃で吹き飛ばした。血まみれになった服は、もう洗う必要もない。

「ふんふんふ~ん」

 鼻歌を唄いながら、道を歩く。もうみんな死んでいるから、警戒する必要もない。

 銃だけは持っているけど。だって絶対必要だから。

 目指すは最初に目覚めた洋館の地下室。洋館自体は三日目の戦闘で損傷が激しいが、地下室は入り口が非常に見つけにくくて、存在すら誰も気付かなかったのか手つかずだった。

「よお! 三島ぁ! 元気?」

「……元気ではないけど」

 愛しの三島は今日も仏頂面。かわいい。

 初日に三島といっしょに地下室で目覚め、最初に腰抜けを皆殺しにしたあとは、俺は三島を腰抜けどもに配布されていた水や食料もろとも地下室に隠した。三島に殺し合いなんかさせるわけにはいかない。だから今日までがんばって全員殺してきたのだ。半分趣味も入ってたが。

「残るは俺とお前だけだ!」

「そうだね。さっき放送あったから知ってる。で、どうするの?」

「決まってんだろ~?」

 俺は銃を自分の頭に突きつけた。

「じゃあな三島! 生き残りはお前だ!」

 引き金を引くのに、躊躇なんて一切なかった。


******


 そして、目覚めた。

 ああ、なんて楽しい夢だったんだろう。あんなにたくさん殺しができた上に、好きな女のために命を捨てることができたなんて。

 幸せだ。とても幸せな夢だった、これだけで一週間は浮かれ続けることができる。通学路をスキップで移動しながら、愛しい愛しいあの子の顔を見つけた。

「おはよう三島ぁ!」

「………………おはよう」

 三島はいつにも増して不景気な顔をしている。

「どうしたんだよ」

「………………別に」

 また変なお化けでも見たんだろうか。三島は霊感少女だから、グロいお化けとか見たりするのだ。そしてそういうときは、元々低いテンションが更に低くなる。

「機嫌いいね」

「いや~、めっちゃ最高な夢見ちゃってさ~!」

 顔をだらしなく緩ませながら、簡単にご説明をする。

「バトロワ出来た上にお前のために死ねるとか最高だよ本当!」

「何食べて育ったらそんな価値観になるの」

「えー、肉とか?」

「そう。お肉食べるのやめようかな」

「人間は雑食だぜ? お肉食べよ?

 そういえば三島はどうなんだよ。昨日はどんな夢見た?」

「……秘密。夢見は最悪だったよ」

 それっきり、学校に着くまで黙ってしまった。よほど胸くそ悪い夢を見たようだ。

(こういうときしつこく聞いたりしないほうがいいな)

 人にもよるが、三島はそういうタイプだ。そうこうしているうちに、学校に着いた。教室に入ると、三島はそそくさと自分の席に着く。

「不動~、英語の予習した?」

「したけど」

「意味分かんねえとこあったんだけど」

「あー、三行目のやつ?」

「そうそれ!」

 友達が話しかけてきて、そっちに意識が向いた。英語のノートと教科書を出して、友達に解説してやる。他の友達も集まってきて、みんなでノートの見せ合いが始まった。


******


 不動くんは今日も元気だ。私と違って友達がたくさんで、人気がある子だ。

 他人の命どころか、自分の命にすら頓着しない子だと知っているのは、私くらいだろうか。自分勝手で、命が失われたあと周りがどう思うかなんて、絶対に考えない子だ。

「ほんと……酷い人」 

 呟きは誰にも届くことなく、喧騒の中に溶けて消えた。

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