恐ろしいもの
子供のときの話だ。田舎の祖父母の家に遊びに行ったときに、暗くなってから山に行ってはいけないと言われた。
「どうして?」
「夜になると山には『六つん這い』が現れるんだよ」
「むつんばいって何?」
「お化けだ。お化け。腕が四本あって、髪がやたらと長くて、顔の上半分がたくさんの目でぎっしり埋まってるんだ。で、四つん這いならぬ六つん這いで動くんだよ」
「ええ……怖いな……」
「はは、だから暗くなってきたらすぐ帰るんだぞ」
そんな風に祖父に言われたが、翌日にはすっかり忘れていた。祖父母の家に行ったときは、必ず自宅付近じゃじっくりできない川釣りに夢中になるのが常だった。
「あれ……」
釣りに没頭しているうちに、薄闇があたりを包んでいた。道が分からなくなる前に帰らないと、と急いで片付けて山道を下りていると、ガサリと近くの茂みが動いた。
それは最初動物かと思った。だがそれが、腕が四本あって、地に這って動いて、顔の上半分が無数の瞳でぎっしりと埋まっている存在だと分かった瞬間、絶叫した。
「うわああああああああ!!!!!!」
そのまま後ろを振り返ることなく、山道を駆け抜けていった。
*******
『こわかった……こわかったよお……』
外から帰ってきた娘が半泣きになっていた。
『どうしたの?』
『二つ目よ! 二つ目が現れたの! すごい大きな声で叫んで……怖かった!』
二つ目。それは昔から伝わる化け物の話。
腕が二本しかなく、目も二つしかない。這わずに立って動き、ときおり大きな声で叫ぶという。
『もう、だから日がまだ沈みきってないときは外に出てはいけないって言ったでしょう?』
『ごめんなさい……』
『ふふ、無事ならいいの。さあ、夕飯はあなたの好物よ』
夕飯は娘が大好きな鹿肉だ。べそをかいている娘が食べ始めたらすぐに笑顔になることは分かっている。それを考えると、自然と笑みが、もれてきた。
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