象の鼻のお化け

 3月は祈りの季節だ。


 中学に合格しますように。高校生に合格しますように。大学に合格しますように。新卒で入る職場がいいところでありますように。転職先がいいところでありますように。

 祈りは年中行われているが、真剣さが段違いなのが3月の祈りだ。

 祈りは特定の神様に捧げられたものなら、叶うかどうかは別の話だが、とりあえずその神様の元へ届けられる。しかしそうでないものはふわふわと宙に浮き、やがて天にいるすごい神様のもとへ届くという。もっとも、これも叶うかどうかは別の話だが。

 特定の神様に捧げられた祈り、たとえば神社にお賽銭を捧げて祈ったものはすぐにそこの神様の庇護下に入るが、宙に浮いた祈りは無防備だ。だからそれに干渉するお化けもいる。

 象の鼻のお化けもその一人だ。象の鼻みたいに長くて大きくて、先に二ヶ所の穴が空いているから象の鼻のお化けだ。もっとも色は藍色で、つるつるしてるから見た目は似ても似つかないが。象の鼻のお化けの本体は私も見たことがない。いっつも"どこか"から伸びていて、その長い鼻(かもしれないしそうでないかもしれない)しか見えないからだ。もしかしたらミミズみたいに細長い形のお化けかもしれない。

 象の鼻のお化けはこの時期になるとスッと現れる。その先の穴から矢を発する。中に誰かいてそれが矢を放っているらしいが、暗いそこを無理矢理覗き込んで中の人を見ようとすると目が潰されるとの噂だ。

 放たれた矢は宙に浮いている祈りに当たる。祈りは風船のように弾けてペラペラになり、風に吹かれてどこかへと消えていく。そうなるともう、天の神様にすら祈りは届かない。

 天の神様に届いたって願いが叶うかはわからないが、少なくとも矢で射られた祈りは天の神様の気まぐれの恩恵に預かる可能性すらなくなったのだ。

 ぱあん ぱあん

 一つ。二つ。三つとどんどん願いが破裂していく。そのうちの一つが風に吹かれて、私の部屋の窓にへばりついた。


 あいつ  が 大学に 落ちます よう に


 破れ壊れた祈りには、そう書かれている。窓から剥がしてゴミ箱に捨てていると、いつの間にか窓の外に象の鼻のお化けがいた。

『無粋だと────思わんかね──────』

「そうだね」

 一言そう言うと、象の鼻のお化けからまた矢が放たれる。それはまた遠くにある祈りを一つ、射って壊して、空の塵へと変えていた。

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