バク

 バクがいた。


 悪夢を食べるという、空想上の生き物としては有名なほうの存在の白黒のバクが塀の上にちょこんと座っている。

『アカンわ』

 バクはぽつりと言葉を漏らす。

『食いすぎたわ』

 これ、無視したほうがいいのかなと思っているうちに、目があってしまった。

『なあ嬢ちゃん、ビニール袋とか持ってへ、オロロロ』

 バクが最後まで話し切る前に決壊してしまった。バクの口から吐き出される黒い靄状のものは、人のそれとは違ってどんどん空に上がって雲の中に紛れていく。

『あらまぁ』

 まるで他人事のようにバクは呟いた。手を口にあてて、いつの間にか持っていたハンカチで口を拭っている。全裸なのにハンカチなんてどこに持っていたんだろうか。

『見なかったことにしてくれへん? バレたらボコられるわ』

 誰に、と聞いてみたがバクは口ごもった。バク界隈にも上下関係があるのだろう。口止め料なのかなんとも言い難い色の木の実を強引に押し付けてくる。

『今夜は天気悪くなるから、外出たらアカンよ』

 そう言って、バクはそそくさと立ち去っていった。



*****



 夜。天気予報の通り、晴れのままだった。バクの宣言は外れてしまっている。

 何だったんだろうあれ、と思って寝る準備をしていると、どん、とそこそこ質量あるものが床に落ちた音がした。

 そこにはバクが二匹いた。頭にたんこぶを作っている昼にあったバクと、そのバクの頭を押さえつけている大きいバクだ。

『いや、こいつがご迷惑おかけしましたと聞きまして』

「はあ……」

『吐き出した悪夢は責任持って回収いたしましたので、ご心配なく』 

「はあ……」

『ほらお前も謝れ』

『サーセン』

 無言で一発殴られていた。わりと体育会系の世界である。

『す、すんません』

「あのー……悪夢がそのままだったらどうなっていたんですか」

『そりゃあ、悪夢が雨となって注がれてしまいます。いや大変なことになるところでした』

「雨に」

『雨となった悪夢は放置してしまうと現実になりますからねぇ。いやすみません。こいつのことは責任持って教育し直しますので』

 そう言って大きなバクはぺこぺこ謝りながら帰っていった。



*****



『ひどいやろあいつ』

 前と同じ塀にいたバクに、また話しかけられた。

『ボコるとか前時代的やん』

「でも悪いことしたんでしょ」

『まー……そうなんやけどぉ』

「で、どんな悪夢吐いたの?」

『えー』

 バクは少し上を向いて、うーんと唸ったあと。

『バトル・ロワイアル系の……』

「やっぱ殴られて正解だと思う」

『ひどっ』

 人間は優しくないわあとバクは嘘泣きを始めた。

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