空飛ぶ醤油差し
空想が好きだ。
昼休みにクラスメイトがつくる喧騒をBGMに、一人でぼんやりしながらする空想が好きだ。
(巨大魚スンちゃん……)
考える。弁当に入っていた醤油差しを元に空想を拡げる。
(スンちゃんは半透明なお魚で空に浮かぶ……中には茶色いスライムがたくさんいて、国を作っている……。月に一度、二十歳になった若い茶スライムはスンちゃんの口から飛び降りて、成人の儀式を……)
そこまで考えたあたりで、なんとなく窓を見た。なんとなく、本当にになんとなく見たのだ。
魚がいた。
半透明の巨大魚が空にぷかぷかと浮かんでいた。半透明なだけあって中も透けて見えており、家や木々が連なる町が見えた。そして茶色の不定形の生きものが、屋根を修理しているのが見える。
「んん!?」
思わず立ち上がった。その衝撃で椅子が倒れる。改めて見ると、窓の外にそんな不思議な存在はいない。
「あ……いや……はは」
クラスメイトからの注目を一斉に浴びてしまい、曖昧な笑顔でごまかす。窓の外をまた見ても、やっぱりあるのは青空だけ。
(……空想、しすぎかな)
よくぼんやりしてると注意されるのだ。これからはもうちょっとしっかりしようと、心に決めた。
*****
べちゃ!
昼休み。今日はお母さんが友達と旅行に行っているので弁当は自分で調達することとなった。なのでせっかくだから、高校の近くにある評判の良いお弁当屋さんでお弁当を買ってみることにした。
そのために外に出たら、何かが足元に振ってきた。かなり色が薄いが、茶色いスライムのような不定形の存在。それは地面に広がるが、すぐに丸い塊に戻り上を見上げている。私もつられてみれば、魚の形の巨大な醤油差しが浮いていて、中で似たようなスライムがなんだか楽しそうに蠢いている。目の前のスライムは形を変形させてピースサインを作ると、ぼよんぼよんと数回跳ねたあと、とんでもない跳躍を見せて醤油差しへと戻っていった。
「何見てんの?」
自分はお弁当があるのに当然のようについてきた不動くんが尋ねてきた。
「空に……大きい醤油差しが浮いてる……」
「うはっ、何ソレ面白えじゃん。見てえわ」
「中に町があって……茶色いスライムみたいなのがいっぱいいる……」
「ぜってー舐めたら醤油味するぞそいつら」
うははは、とツボに入ったのか延々笑っている。
「多分、“空想の欠片“だと思う」
「何それ」
「暇なとき、空想するでしょ。それはたまに、実体化……とはちょっと違うけど、私みたいな霊感がある人には視えるようになるの。幽霊さんよりもずっとく色が薄いけどね。しばらくしたら消えちゃうけど、たまーに残って、町に住み着くよ」
「空飛ぶ面白醤油差しなら住み着いても構わねえわ。むしろ見てえわ」
ふと、何か思い立った顔をしている。
「ところで三島よ」
「なに」
「俺は常日頃お前と結婚式を挙げる空想をしてるんだけど、なんかそんなかんじの、なあい? ウエディングドレス着てるとかさあ」
「そんな都合の良いものは……」
ふと、なんだか手に違和感がある。左手の薬指に、銀色のシンプルな指輪がはまっていた。半透明で、色はすごく薄い。
「……もう」
「何何何!? さあ! 詳しく教えて!」
「調子乗るからイヤ」
「昼飯奢るからさあ」
「…………」
しょうがないな、と言うと、不動くんは満面の笑みを見せている。
空飛ぶ不思議な醤油差しは日の光を浴びながら、のんびりとのんびりと空を流れていった。
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