そこにいる人の精神

 事故物件に引っ越した。痴情のもつれが原因の殺人事件現場という、とびきりの部屋だ。


「よくそんなところ住めるな」

「いやー、金なくてほんと」

 趣味にとにかく金を注ぎ込みたいという意思のもと、最大の固定費である家賃を削ることにした。その結果が事故物件への引っ越しであるから、友人は酷く呆れた顔をしている。無理はない。

「まあでも、幽霊なんて出てないし! 犯人も逮捕直前に別の場所で自殺してるし」

「しかしその事件、三年前だっけ? じゃあ住人とかも事故物件でも気にしねえってやつばっかりなんだろうな。もしくはお前みたいに極端に金がないか」

「まあそうだろうな」

「ああやだやだ……。事故物件でも気にしない連中の集まりなんて」

「いや、挨拶とかしても普通に返してくれるぞ。別にご近所トラブルもないし」

 そんな会話のあと、友人との食事を終えて5階建てのマンションに戻る。友人はああ言ってたが、外観は少しボロいが中はリフォーム済みできれいだし、使い勝手は良い。駅にも近いし事件さえなければかなりいい部屋だと思う。それが三万で住めるのだから美味しい話だ。

 部屋の中でくつろいでいると、異音が耳に飛び込んだ。


 どんっ


 なにか重いものがトタン屋根に落ちた音。小さい頃、雪国にある実家のアパートの屋根の雪が、敷地内の自転車置き場を覆うトタン屋根に落下したときにこんな音がしていたのを思い出した。

「……?」

 反射的に携帯を持って外に出る。あくまで“似たような音“なだけで、本当に何か重い物、例えば植木鉢とかがトタン屋根に落ちたとは限らない。もし自動車事故などならば、警察や救急車を呼ばなくては。

「…………っ!」

 植木鉢であったらどんなに良かっただろうか。4階の廊下から見えたのは、自転車置き場のトタン屋根の上に広がる赤と、ひしゃげた人体“だったもの“だ。

「きゃー!」

 下を歩いていた通行人が絶叫する。それで俺は我に返って、携帯で救急車と警察を呼んだ。

(飛び降り? えらいもん見ちまった)

 ふと気がつくと廊下には近隣の部屋の住人が出てきて外を眺めていた。それはいい。だが一様にニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていて、中には携帯のカメラで撮影している者もいた。

 ────ああやだやだ……。事故物件でも気にしない連中の集まりなんて。

 薄ら寒い気持ちの中、友人のこの言葉の意味を、今になってようやく理解した気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る