夏桜
夏なのに、桜が咲いている。
「え……」
人が多く騒がしい駅前から分岐するようにある、細い路地の奥まったところに、春のごとき満開の桜があった。春と秋に咲く二期桜のことは知っているが、夏に咲く品種もあるんだろうか。
撮影してSNSに載せるために路地へと歩みを進める。建物の陰で少し暗いが撮影には支障がない。
「へえ、きれい」
無意識に、その花へと手を伸ばす。
「それを撮るの?」
突然話しかけられてハッとする。後ろにいたのは、お人形さんみたいにかわいいけれど、無表情な女の子。
「その桜は、人を化かすのに」
「え?」
「ほら……」
女の子に指さされてもう一度桜に向き直ると、そこには桜の花どころか葉すらない枯木があるだけだった。
今の今まで、きれいな桜が咲いていたのに。
「え……」
「お化けの桜、人を化かす。こんな風に。化かされたらもう終わり」
「……………………」
女の子はそれだけ言って、さっと路地をあとにした。
「ま、待って!」
どういうこと、と女の子を追って路地を抜けて、
「え…………………… 」
そこには通行人や呼び込みで騒がしい駅前の面影なんかどこにもない。ただ夏だというのに狂ったように咲き誇る、満開の桜の森があるだけだった。
「お化けの桜、人を化かす。こんな風に」
女の子は、言う。
日本人形みたいな、黒髪の無表情の女の子。
「化かされたら、もう終わり」
「………………………」
「だからあなたは……もう終わり」
淡々と告げられる。風が木々を揺らしざわざわと森を騒がせるそれは、わけがわからず硬直している私の胸の内のようだった。
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