10万円で買える家

 その家は、10万円で購入できるそうだ。


「なんでそんな家買おうとするかな」

 不動くんからその話を聞いたとき、私は眉をしかめた。

「絶対何かあるよ」

「その通り。けど、俺の知り合いは買っちまった。お化けは信じてないし、汚かったら業者に掃除させればいいし、古くても数ヶ月でも住めば元は十分とれる。

 ま、お化けもでねえし古くも汚くもねえ家だったんだけどな!」

「で、今も住んでるの?」

「いいや。気味が悪いってんですぐにまた売りに出したよ。けど詳しい話聞こうとしても気味が悪いとしか言わねえからな。気になるじゃん?

 そこで霊感少女の出番ってわけよ」

「ただの好奇心ってことね……」

 田舎道を歩く。その安すぎる謎の家まであと少し。

 駅から出てまだ間もないというのに、随分とのどかな風景が広がっている。田んぼに畑、虫に、カエルに、鳥に、特に恐ろしくもなくぼーっとしてるお化け。遮られることがない風はゆるやかに体を撫でる。駅前は辛うじて店のようなものがあったがここにくるとぽつぽつと点在する民家しかない。

 それでも人の気配はする。

「なんか聞こえるよな、声とか」

「お祭りの練習かな」

 何やら騒がしい気配が、「集会所」と書かれた少し大きな建物にあった。詳しくは聞き取れないが、なんだな楽しそうな声だ。音楽も鳴って、ついたり、消えたりして、歌か踊りの練習をしているのがわかる。

「あ、あったあった……ん?」

 そしてそれを過ぎて本当に少しあとに、それはあった。

 なんてことはないよくある箱のような形をした新しめの家屋。

 そして、そこに通じる道に、チョークで横一線に引かれた白線。

「落書きか? まあいいや」

 白線を越えて、家の前に立つ。

「いやー、普通の家だな」

「普通の家だね」

「で、どう? お化けとか、神様とかいる?」

「いないよ」

「え~~~~~~~~?」

「本当に、なにもいないよ。お化けも神様も妖精さんも何もいない。普通の家」

「あれ、期待外れか?

 まあいいや、ちょっと道戻るけど美味い和菓子屋があるからそこに……」

「本当に、何もいないね」

 重ねる。本当に本当に何もいない。

「お化けも、神様も、妖精さんも、虫も、鳥も、カエルも、風も」

 足で地面を叩く。

「ここだけ、草すら生えてない」

「うわ」

「声も聞こえないね。集会所から、全然離れてないのに」

 異常なほどの静寂。耳が痛くなりそうだ。

「ここ、命がなんにもないね」

「…………」

「それだけ。和菓子屋さん行こうか」

 そして道を戻り、白線を越えた。

「うわっ」

 突然、音が耳に飛び込んでくる。集会所から聞こえる声と音楽。鳥は鳴き、風は通り、草と草同士が擦れ合う、命の音。

「境目かな、あれ」

「え……じゃあちょっと反復横跳びしていい?

 ……あはははは! なにこれすげえ静かなのとうるせえので面白え」

「子供かな……」

 そんな私のつぶやきも、自然が生み出す命の音の中に、ごく自然にかき消えていった。

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