あなたは誰?
毎晩毎晩夜の十時、誰かが家の前に立っている。
「……変質者?」
「いや、わかんないけどさ」
友達は、タバコを灰皿に擦り付けながら眉間に皺をつくる。いつも来ている居酒屋で、朗らかな彼女にしては珍しく難しい顔をしている。
「でも最近ずっとそうなんだよ。ほらうちのアパート、ボロいじゃん? だから階段上ってくるやついたらはっきり分かるんだ。カンカンカンカン響くから。
んで、いっつも、アタシの部屋の前で止まる」
「ドアスコープから覗いてみたりした?」
「うん。けど見える範囲には誰もいない」
新しいタバコに火を付けて、煙を吐く。
「とはいえ誰かいるのは確実なんだよ。さっきも言ったとおり、足音響くからさ。多分スコープから見えないところに隠れてるんだと思う」
「警察とか……」
「毎晩毎晩足音がしますって? さすがにそれじゃ警察も相手してくれないだろ。アタシが警察だったらそんなん言われたら困るわ」
「うー……たしかに実害はないし、せめて姿が確認できてないと無理か……」
注文していた日本酒が届いて、友達はグラスを一気飲みする。
「ま、でも気味悪ぃしそろそろどうにかしようとは思ってんけどね」
数日後、また同じ居酒屋で会った。
「やってきたよ。ドーンと」
「ドーン?」
「ほら家の前に変なのが来るっつってたじゃん。開けてみたよ、ドア」
「え、どうだったの」
「女……かな。暗くてよく見えなかったけど、それっぽいのが逃げてってた。鍵とチェーン開ける音がしたから、向こうもさすがにヤバいと思ったのかも。
で、次の日からは来てない」
「正体はよくわかんないけど、解決?」
「一応ね。
さーて、祝いに黒霧島でも飲むか!」
「お酒ばっかり」
「つまみも頼むって。焼き鳥でいいかな。ねぎまと、つくねと、レバー」
タバコを灰皿に押しつけて、友達は慣れた手つきで注文用のタッチパネルを操作する。よく見慣れた、いつもの景色。
そして、ほんの少しの違和感。
彼女が良いことがあったときにいつも飲むお酒は、黒霧島ではなくて茜霧島だ。
彼女はタバコを吸うけど、いつもギリギリまで吸うのに最近途中で火を消すようになっている。
彼女はたしかに焼き鳥が好きだけど、ここの焼き鳥はつくねに軟骨が入ってて苦手だからと、この店ではつくねだけは注文しない。
産まれた頃から右手首にあった小さなアザもなくなっててキレイになってるし、癖で深爪にしがちだったのに、今は爪が普通に伸びている。
いつも通り朗らかな彼女の中にある、ほんの少し、ほんの少しだけの違和感。それでも私は、ときどき思う。
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