道を間違える怪異
その怪異は本当にたいしたことのない怪異であった。
憑いた者に道を間違えさせる怪異。ただそれだけの能力。しかも一日一回限り。その"道"とは人生とか将来といったものの比喩ではなく、本当にただの道のことを示す。
その怪異によって道を間違えると、怪異は一分後には自然にとり憑いた者から離れ、また次の生き物にとり憑く。
それに意思はなく、ただ風に乗る綿毛のようにふわふわと漂い、お化けでも妖精でも人間でも動物でも、偶然とり憑いたら能力を発揮して離れる、ただそれだけ。
怪異というより"怪奇現象"の類いと言ったほうがいいかもしれない。
今日もその怪異は風に吹かれていた。ごうごうと風が激しく、流れ流れてようやくぴとりと一人の人間にとり憑いた。じきにこの人間は"道を間違える"だろう。
「………………………」
強い風の中、その人間は無言で歩いている。真剣な、どこか苦しみすら感じる眼で前を見つめる。当然、見えもしない怪異になんて気づかない。
じきに、その人間は道を間違えるだろう。
エベレスト山中での、誰も知らない静かな静かな出来事である。
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