お願いを一つだけ
"彼女"が落とした指を探し出せば、願いが一つ叶うという。
この市のどこかに乾いた人の指が落ちている。その昔、おっちょこちょいの"彼女"が自分の指を全部落としてしまったらしい。
もし指を拾ったら、"彼女"に渡せば、代わりにそれが一つだけ願いを叶えてくれるという。
"彼女"は黒いローブを着た老婆であり、噂では魔女だと語られている。
「あ……」
噂の魔女の指を見つけてしまった。銀の指輪を嵌めた、カラカラに乾いている人の指。河辺の草むらの中に、まるでただの小枝のように、周囲の土で汚れながら、ただその枯れた身を横たえていた。
「…………………っ」
慌てて周囲を確認し、誰もいないことを確かめてから指を拾ってダッシュで家に持ち帰った。
……この指の持ち主である"魔女"に頼めば、あの女を家から追い出せるだろうか。
父さんは優しくてかっこよくて大好きだが、女を見る目だけはどうしてもダメだった。最初の妻には浮気されて、二番目の妻には金を盗まれて、三番目の妻は怪しいビジネスに手を出して一騒動。そして四番目の妻、今の自分の書類上の母親は、こっそりと父さんの物を売り払って、若い男に渡してる。
……父さんは、まったく気がつかない! 自分だって、小学生の子供だって気づいているのに!
父さんには結婚なんてしてほしくない。だっていつも父さんが悲しい思いをして終わるから。あの女がいなくなって、父さんにと自分と兄弟姉妹たちとだけの暮らしのほうがずっとずっと幸せなのだ。
「……………………」
家に帰って、自分の部屋のベッドに腰かける。手には、例の指。
(魔女は、どこにいるんだろう……)
どうやって、あの女にいなくなって欲しいと願えばいいんだろう。
『ああ……ようやく戻ってきてくれるのかい。あたしの左手の薬指』
「!」
突然の背後からの声に振り替えると、幼児のような小ささの、それでも顔の皺は深い老婆がいた。
その老婆の手には指が二本しかなく、黒いローブをかぶっている。
「あ、あなたがこの指の持ち主の……」
『ああそうさい。ありがとうねえ見つけてくれて。あたしは探し物ってのがとんでもなく苦手なのさ』
「そ、そう……」
『ささっ、指をちょうだいな。そしたら願いを叶えてあげよう。大事な落とし物を拾ってくれたお礼さ』
「ほ、本当に一つだけ願いを叶えられるの!?」
『ああ本当さ。あたしはたった一つの願いしか叶えられないけど、"それ"に関しては一級品さ!』
「そ、そうなの? じゃあ……」
『ふふっ、あたしをなめるんじゃないよ。あんたの願いなんて分かっているさ。ちょちょいのちょいっと』
魔女は腕を振り回す。そうするとフフフ笑う。
ゴンッ!
それは、ドアの向こうからの鈍い音。
それは、重いものが廊下に落下して激突したような音。
「え………」
『ふふふ…………ふふふーふふふふふ………』
魔女は、ああ久しぶりに一仕事したと、楽しそうに。
『ほら、"あの女"はもういないよ。あんたの家族を壊すやつはもういないのさ』
ドアの隙間から、血がぬるりと室内に侵入してきた。
*****
「魔女じゃないよ」
「魔女じゃねえの?」
不動くんが振ってきた雑談の内容が、知っているお化けの話だったから説明してあげた。
「うっかり指をなくしちゃった死神さん」
「死神ぃ? 願い叶えてくれるって話だぞ」
「叶えてくれるよ。お礼にね。でも死神さんだから、"死"に関することしか叶えることができないの。
見た目で魔女と誤解されている死神さんはたった一つ、"死"に関することだけ、願いを叶えることができるの。……噂が広がるにつれ誤解されていって、"なんでも一つだけ願いが叶う"なんてことになってるけど」
「だったら無料でくれてやるぜそんなん」
つまんねえ、と舌を出している。もしや指を探しえ見つけようとしてたのかな。まったく何を願うつもりなんだろう。
「ん………?」
救急車のサイレンの音が、秋の夕暮れを切り裂いていく。
「情緒もクソもねえわ」
「救急車は情緒とか言ってられないでしょ」
秋を歪めていたサイレンの音はどんどん遠ざかっていって聞こえなくなり、その頃には私たちも救急車のことなどすっかり気にならなくなっていた。
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