その彼方の復讐

「村八分って言葉をお前たちも聞いたことがあると思う」


 授業中、話の脱線がやや多い歴史の先生。今日も少しばかり授業の本筋から離れた話をしている。

「村八分っていうのは、諸説はあるが十分、つまり十種類ある村の付き合いのうち、冠・婚・建築・病気・水害・旅行・出産・年忌の八つから特定の人物をハブるってことだ」

 へぇ、と生徒たちから小さな声が漏れる。村八分という単語と意味は知っていても、語源までは知らない。

「じゃあ残りの二分、つまり村八分にされてようが村人が手を貸してくれる分野とは?

 それは火事と、葬式だ────」


*******


 雨の日だ。不動くんは友達の部活の試合を見に行くとかで、珍しく一人での下校だ。 

「………ん」

 なんとなく喉が渇いたので、自販機でジュースを買って、屋根も壁もちゃんとある小さな箱のようなバス停に入り、腰掛ける。誰もいない。バスもしばらく来ない。雨が他の音も阻む。一人だけの世界。

「………大丈夫?」

『………俺が分かるのか』

 一人ではなかった。バス停の隅にいる、ボロボロの妖精さん。私には霊感があるので、お化けや妖精さんと会話ができるのだ。

「怪我してるね」

『ああ……逃げてきたからな。ま、疲れたからそろそろ捕まってやるよ』

「どうして逃げてきたの?」

『冤罪だよ。殺しのな。

 俺の村はよぉ、美しさが全てでな。不細工には生きる権利なんてねえのさ。そして俺はとびきりの不細工だ。ガキの頃から、悪いことは全部俺のせいにされてきた。罪も、災害も、理不尽も、全部な。

 今回もそれさ。俺には事故死に見えたがね……』

「ふうん。大変だね。食べる?」

『いいのかい。ああ、甘いねえ……死ぬ前にこんな美味いもん食えるとはな』

「死ぬの?」

『死ぬさ。死刑さ』

 渡した一口チョコにかぶりつきながら、吐息を漏らす。

『なんでだろうなあ……なんで不細工ってだけでこんな目に遭わなきゃいけねえのかな……腹立つぜ……』

「復讐したいの?」

『してえよ。してえけど武器も持ってねえ俺じゃなんにもできねえ。せいぜい死んで灰になったあとに化けて恨み言を言うくらいか……。

 おっと、処刑は首切られるからなあ、首だけになったら喋れねえか』

「火葬なんだね」

『ああ。そういう宗教なんでな。ヒトは土に埋めるんだったか?』

「日本ではやらないけど、外国ではそういう国もあるね」

『そうかあ……焼かねえのか。俺の村だと火にくべることで魂が神がおわす天に昇るから、焼かねえなんて侮辱もいいとこだが……種族が違うと考えも違うな』

「焼かないと天国に行けないの?」

『そういう言い伝えがあるってだけだ。俺は信じちゃいねえよ。神なんて』

 はぁー、と大きなため息。

「じゃあ、そうしてみる?」


*******


『被告を死刑に処す!』

 結果が分かりきっている裁判。俺に投げられる罵倒。全ては分かりきっていたこと。裁判を仕切る村長が、俺に侮蔑の視線を向ける。

『何か言いたいことはあるかね』 

 それでも一応形式は守られた。にたり、と嗤う。

『ああ。確認だ。俺はこれから首を切られて処刑され、火にくべられて灰になる。そうだろ?』

『無論』

『なら、なら────俺は全てを呪おう! 火にくべられて体を失ったのなら、魂がこの体から解放されたのなら! ならば俺は悪霊となって、この村に災いをもたらそう!』

『な、な────』

 群衆に動揺が走る。ざわざわとした空気の中、村長が声を張り上げた。

『し、静かに! なんという侮辱! なんという不敬! 

 この者を神がおわす天に昇らせるわけにはいかない! 死体は野ざらしの刑にする!』


******


「村八分に含まれない二分は火事と葬式。じゃあなんでその二つだけは手を貸してくれると思う? 御山」

 男子の一人、不動くんの友達の御山くんがあてられた。

「火事をほっといたら延焼しますからね」

「その通り。じゃあ葬式は? 不動」

「えー」

 不動くんが少し考える。

「まあ死体ほっといたら臭えですからね」

「近いな。正確には不衛生だからだ。

 これは死体が腐るから、という意味だけではなく、その死体から発生する病気を防ぐといえ面も強い。

 放っておくと、不衛生な死体が原因で発生した病気で村が全滅ということもあるわけだ」

 知っている。昔、本で読んだ。日本は高温多湿で腐りやすいから、余計に火葬しておかないとまずいということだ。

「ペットが死ぬと庭に埋めるとか言うけどな、今はペット霊園やペットの葬式なんかもあるしちゃんと────」

 先生の話を聞きながら、頭半分、この前の妖精さんのことを考える。

 彼の村は、今はいったいどうなっているんだろうか。

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