その楔に形はなく(中編3)

 そして彼女と、白雪とお友達になった。


「じゃあ、友也くんってお呼びするわ。いいかしら?」

「う、うん……」

「私のことは、白雪って呼んで」

「し、白雪さん…….」

「あら、"さん"をつけるの?」

「い、いや?」

「いいえ。そうね、同じクラスだけどほとんど話したことのない、会ったばかりに等しい男女だもの。そういうものよね」

 たまたま持っていたティッシュで血を拭い、傷口を抑え、そして手首より下を手で強く握り、傷口を心臓より高く掲げさせる。兄から自然と学んでしまった止血法だ。

「友也くんは変わってるわ」

「そうかな……」

「だって家族は絆創膏や包帯や消毒液はくれるけど、こうやって血を止めてはくれないもの」

 他にくれるのは、叱る言葉だけなの、と。

「私は死の魅了に抗っているというのにね。ひどいと思わない?」

「会ったこともない人がどんな人か判断するのは、ちょっと……」

「あら、慎重なのね」

 クスクスと白雪は笑う。撮影のための笑顔ではない白雪の感情が生んだ笑顔を、友也は初めて見た。


「友也くん、いっしょに帰りましょう」

「うん」

 その日から、放課後に白雪はいっしょに帰るようねだるようになった。友達や他のクラスメイトは「急にどうした?」と奇異な視線を投げ掛けてきていたが、数日も経てばすっかりと慣れてちらりと見られることもなくなった。

「そういえば、この前撮影で俳優さんと共演したの。私はチョイ役だったけど、写真を撮ってもらえたわ」

「あ、この人知ってる。最近バラエティに出てるし、僕がちっちゃい頃に特撮にも出てた」

「ドラマや映画では寡黙な役柄が多いけど、ご本人はけっこう気さくで明るい方だったわ」

 子役とモデルをしている白雪の仕事は順調そうだ。雑誌の表紙を飾り、ドラマにも出て、映画にも出る予定があるそうだ。

 やはり白雪には、死に魅了されるような要素はない。

「今度出る映画ではね、黒魔術をする少女の役なの。ふふ、けっこう重要な役なのよ?」

「ホラーなの?」

「いいえ、ミステリー。昭和50年代、閉鎖的な女学校で生徒の死体が多数発見される。訳あって乗り込んできた探偵は、一人の少女に行き着くの。その子はこっそりと黒魔術を行い、みんなを殺したのは私と微笑む……」

 そして、ニッコリと。

「そのあとはね、死んでしまうの」

 まあ黒幕でもなんでもなく、ただ周りに翻弄されて黒魔術にすがる他なかった少女の役なんだけどね、と天を見上げる。

 帰路の空はまだ明るく、さんさんと太陽の光が降り注いでいる。けれど白雪といっしょにいると、空はいつもよりも遠く、白くて青空に紛れている月のほうが手に届きそうな気がした。

「"役"の私はあっさりと身を投げて死んでしまうの。真っ直ぐ死に向かっていったの。私はどうなるのかしら」

「や、やめようよ……」

「ええ、やめるわ。今はね。あなたが"お友達"という楔でいるなら、私きっと、安易に死に向かうことはないわ」

「…………………」


 白雪の言動にハラハラすることもあったが、そこそこ付き合いが長くなると、手首に傷が増えることもなくなり、普通の"女友達"となった。

 いっしょに雑談をして、ゲームをして、漫画を読んで、遊びに行って、女の子ということ以外は他の友達と変わらない。

「友也くん、裾入っちゃってるわよ」

「あ、ほんとだ」

「もう」

 白雪がズボンに半端に入っていたシャツの裾を抜く。

「まーた友也が嫁さんに世話やいてもらってるぞ」

「ち、違う!」

 この頃になると教室からかわれることもあって、むず痒い気持ちになることもあった。

「あら、違うの?」

「お、お世話にはなってます」

「そっちじゃないんだけど、もう」

 そんな当たり前の日常はずっと続いていくと思っていた。


 ある秋の日のこと、白雪の転校が決まった。

 


 

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