解体
近くにある廃アパートが解体されることになった。
正直ほっとした。外階段は錆び付き、ベランダは朽ちかけていて、屋根の上に草が覆い繁るくらいにはボロボロのアパートだったから、台風や大雨強風のたびに倒壊しないかどこかとれてしまって飛んでこないか心配だったから。
ただ、ちょっと気になることもある。あのアパートには、お化けが出るという噂があるのだ。
噂というか、事実だ。私には霊感があるからわかる。ときどき、とっくの昔に誰も住まなくなっているあのアパートの廊下をスゥと通っている黒い人影を見るのだ。それも一人ではなく、二人、三人。いやもっといるかもしれない。
彼らが昔の住民なのか、かつてあのアパートが盛況だったころの過去が影法師となっているのか、それともどこかからやってきて住み着いたのか、そこまではわからない。わかるのは、アパートが解体されたら彼らの住みかは失くなってしまうということだ。
解体が始まり壁が崩され中が露出すると、彼らは周囲をうろうろとするようになり、やがて工事現場の隅に固まって工事のなり行きを見守るようになった。彼らは全身が真っ暗なので、表情というものが一切うかがえない。何を考えながら長年の住みかがほどけていく様を見つめているのかは、私にはわからなかった。
やがて時間をかけてアパートが解体され更地となり、あとは撤収作業をするだけとなった。解体業者がトラックに荷物を積んで現場を去ろうとすると、そのトラックに彼らが乗り込んでいた。
どうやら、次の住みかを決めたようだ。
現場監督というのだろうか。年嵩で野太い声の男が残したものがないか確認するように指示し、全て確認し終えてからようやくトラックは動き出した。荷台に乗り込んだ彼らのは体育座りでゆらゆらと静かに揺れている。
ふと、その中の一人が手を振った。かつての住みかがあった場所に。もう既に雑草が生え始めているそこに向かって手を振った。
呼応するように、他の彼らも手を振り始める。トラックが動き出してもかつての住みかへの別れの挨拶は止まらず、トラックが遠くなり私の視界から消えるまでずっと、彼らは手を振り続けていた。
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