感染

 今日も通勤電車は、満員電車。


(きつい……)

 満員電車なんていつものことだけど、今日はいつもよりさらに人が多い。大雨で、ここが地下鉄なせいなんだろうか。

(まったく……)

 とはいえどうすることもできずに、ただ電車に揺られていたが、ふと人混みの中から、声が聞こえた。

「死ね死ね死ね死ね死ね……」

(うわ……)

 そう呟いているのは近くにいた中年の男だった。目は焦点が合わずに、口だけが動いてひたすらそう言っている。

(朝からキチガイといっしょかよ)

 そう考えて暗澹とした気持ちになったが、男性はふと呟くのをやめた。 

「死ね死ね死ね死ね死ね……」

(え?)

 次にそう呟き始めたのは、男性の隣にいた、若い女だった。さっきまでは、嫌そうな顔で男性を睨んでいたのに、今ではすっかり男性と同様に焦点の合わない目でひたすら呟いている。

(え?)

 戸惑っていると、女性も急に呟くのをやめた。そして女性の隣にいた男子高校生が、さっきまでは熱心にスマホを見ていたのに、急に目の焦点が合わなくなり、口が動いた。

「死ね死ね死ね死ね死ね……」

(ちょっ……!)

 男子高校生は、俺の隣にいる。

『*****駅────*****駅────』

「!」

 駅に到着して、弾かれるように電車を出た。

(なんだったんだあれ!)

 まるで感染しているかのようだった。気味が悪くてもうあの地下鉄には乗りたくない。そんな気持ちで職場に到着し、あいさつをする。

「おはようございま────」

「死ね死ね死ね死ね死ね……」

 隣の席の先輩が、焦点の合わない目でそうつぶやき始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る