なんでも切ります

「ガキの頃さあ、時代劇見てたら切腹したくなったんだよ。実際どんなもんなのかなって」


 突然、クラスメイトの不動くんがそう話し始めた。

「んでさあ、やってみたらズパッとやれて感動したけど、親父と母さんからはガチギレされたんだよな」

「急になんなの」

「え、だって包丁欲しいって言ったの三島じゃん」

 不動くんは、目の前にある「万刃堂」古い金物屋さんを指さした。

「ここの包丁でやったんだ。なんせガキの力でも腹をザックリやれるんだ。鶏でも豚でも牛でもなんでも切れるぜ!」

 つまりは“ここの金物屋さんの包丁は切れ味がとても良いです“と言いたかったんだろう。語るにしても、なんでそんな正気を失ったエピソードを選ぶんだろうか。

「入るぞババアー。いるかババアー」

「その声は不動ンとこの倅かい。帰りな。あたしゃ気違いに刃物は持たせない主義なんだよ」

「うるせえなババア。客連れてきたんだよ。ちったー愛想良くしろってんだ」

 包丁。鋏。鋸。鎌。ズラリと所狭しと刃物が並んでいる。片隅に申し訳程度に鍋やお玉なんかもあるが、金物屋というより刃物屋だ。

「おやおやかわいらしいお嬢さん。いらっしゃいませ。何をお探しですか?」

「おばあちゃんに包丁を贈ろうと思って」

 ババア、もとい万刃堂の主なのか、背の低いが眼光鋭い老婆が、ふかしていたタバコを消してサササと寄ってきた。

「おばあちゃん想いの優しいお孫さんですねぇ。包丁。包丁にもいろいろありますけどねぇ。どんなかんじのがよろしいので?」

「普通の野菜やお肉を切るのに使うやつなんですけど、とにかく軽いのでお願いします。今使ってるのは重いって言っているので」

「軽い。軽くてサクサク切れるのですねぇ。ではこちらなんかどうでしょうか」

 手頃な値段のものを見繕って貰って、一本購入した。

「お嬢さんのようにかわいらしい方がいらっしゃると店内も華やぎますわぁ。ホホホホ」

「ケッ、俺のことは無視かよ。相変わらず躾のなってねえババアだ」

「躾以前の問題の糞餓鬼が生意気言ってんじゃないよ」

「不動くん、ババアって言っちゃいけないよ。失礼だよ」

「えー」

「あらほんにお優しいお嬢さんで」

 おばあさんはラッピングが終わった品物を差し出してくる。

「うちの刃物は良縁以外はなんでも切りますからねえ。どうぞ、これからもご贔屓に」

 

 おばあちゃんにプレゼントをして、翌朝。

「千花、おばあちゃんの家に強盗入ったって」

「えっ」

 寝ぼけ眼はすぐ覚める。おばあちゃんとおじいちゃんは無事だろうか。

「大丈夫なの?」

「それがねえ……夜中に変な声がして目が覚めて、キッチンに行ったら、強盗が呻いててね。

 どうも家捜ししてたら洗い桶に入れてた包丁が落ちて、たまたま強盗の指をスッパリ切り落としてたらしくて。

 まあ、おばあちゃんたちは無事なんだろうけど、すごい偶然もあったものねえ……」


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