その楔に形はなく(後編1)

 いっしょに学び、話し、遊んでも、なんで白雪が死にたいのかわからなかった。


 近くにいるのにどこか遠く感じる子から身近な友達へと関係性を変化させても、はやり彼女は美しく、頭が良く、子役やモデルの仕事も順調でとうてい死に急ぐ理由があるとも思えない。

「うん……はい、丸つけ終わり。全問正解よ」

「よかったー」

 今日は図書室でテスト勉強をしていた。算数はいつまで経っても苦手なので、二人で勉強会をしていたのだ。

「白雪さんは頭良くていいな」

「あなただって悪くはないでしょう」

「いっつも100点だし、すごいよ」

 友也だって成績が悪いわけではない。得意な国語や社会は100点をとれるし、苦手な算数も70点くらいだ。しかし白雪のように毎度毎度全教科100点をとれたことなんてない。

「それはね、私がそう求められているからよ」

 さっきまで普通だった白雪の顔から、一気に表情が消える。それはまるでよくできた人形のようだった。

「私はね、美しくて、成績もよくて、お行儀が良くて、なんでもできなきゃいけないの」

「えっと……」

「できなきゃ叱られるの。おかしくないかしら? 自分たちは完璧ではないくせに、子供には完璧を求めて、親というだけでそれを正しいことだとしているの……」

 なにかに引っ掛かって、白雪の服の袖がするりとずれる。そこから露出した左手首には、たしかにかつての傷跡が薄く残っていた。

「息が詰まるわ。私、お家なんて嫌い。お仕事もあんまり好きじゃないわ。有名になるよりも、普通に遊びたいの私」

 家にいるよりマシだけどね、とはぁと一つため息をつく。

「だから、あなたと遊ぶのは好きよ」

「…………白雪さん」

「転校したあと、あなたみたいな人に出会えるかしら?」

 白雪はあと一ヶ月で転校がきまっている。SNSを使えば間接的な接触は容易だろうが、直接会うことは叶わなくなるだろう。

「ああ、そうだ! 友也くんにお願いがあったの」

「お願い?」

 白雪は不機嫌そうな顔を急に一転させてて、陽気に語りだした。

「私にね、傷跡を残して欲しいの」

 ニッコリと笑って、そう言った。

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