赤い矢印
「おい、なんだあれ」
集団で歩いていると、友人の一人が声をあげた。指した先には、そう広くない路地がある。そしてその路地には、チョークらしきもので矢印が描かれており、その先は薄暗い奥へと繋がっている。
道にも、左の壁にも、右の壁にも、びっちりと、たくさんの矢印が。
「うわ、なにこれキモっ」
「ホラーじゃん」
わいわいしていると、そのうち誰かが言った。
「行ってみようぜ」
えー、とか声が上がったが、好奇心が勝って進むほうに傾いている。
「でもさ、あれだろこういうの、ホラーだと矢印とか壁に書かれた文字に気をとられてるうちに、背後に化け物がいるやつじゃん」
「お前マジでビビってんの?」
「化け物なら、ほれ」
指した先で、珍しく静かだった日陰が笑う。
「よしよし、俺が殿を勤めてやろう」
「どんなキチガイや変態がでてきてもこいつなら大丈夫だろ」
「正当防衛主張してやるよ」
「幽霊なんざいるわけ……いるわけあるかもしれないがそうそう身近にはいないんじゃないかうん。
もっと現実的なことを考えるとキチガイの所業だろうこれは」
霊感少女に熱をあげている男には配慮しつつ、赤く染まった壁を叩く。いやに暗い路地の奥には、何かいるか何もいないのかすらわからなかった。
「おー、気色悪」
わいわいと雑談をしながら矢印で満ちた路地を進む。どこまで行っても赤いチョークの矢印はびっしりと描かれていて、本当に気味が悪い。
「こんなの描くの暇人だぜ」
「そりゃキチガイなら無職で暇だろうなあ」
「チョーク何本分だよ」
歩いている途中で少し振り返る。最後尾は、日陰が普通に歩いている。
そうしているうちに、先頭にいた友人が止まる。
「地下道……?」
道の突き当たりは、地下へと続く階段になっており、矢印はその中へ吸い込まれるように続いている。地下道というのは通常交通量が多いところにあるもので、もちろんこんな路地の奥にあるわけがない。
こんな、壁が高すぎて、周りがなんの建物かわからないところにあるわけない。
壁? こんなに高かった? 上までびっちり矢印が描いてある。どうやって?
「おいどうするよ……」
「いや入らねえよこんなとこ」
そうだ入るわけない。こんな掃除がされていなさそうな、暗いところに。でも目は矢印の先の暗闇を見るのを止めやれない。体も動かない。本当に暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い暗い。
「生意気な面してんなあお前」
後ろから、日陰の声が聞こえる。
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
「おい」
誰かに肩を叩かれて、ハッとする。今、なんだ? 変になっていた?
「で、入るの? そこ」
日陰だ。日陰がニヤニヤとしている。
「あ、いや…………いやかな……………」
「俺も、まあ、汚そうだし」
「そーかそーか。じゃあ戻ろうぜ」
普段なら突貫しそうな日陰は相変わらずニヤニヤとしながら歩いている。
ちら、と地下道の入り口を見る。
「見るなよ」
日陰が止めた。
「お化けの罠かもしれないからなあ……ンフフフ」
一人で笑って踵を返す。みんなもあとについていった。
「雑魚だったな」
日陰のその呟きの意味は、自分には分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます