バレンタインデー

 とうとう、バレンタインデーがきた。


 作ってしまった。別にねだられたわけでもないのに作ってしまった。

(………………どうしよう)

 机の中に入っているのは、昨夜作ったブラウニーが入った箱。お父さんに渡す分といっしょに作ったのだ。あくまでついでの一品だ。さっと渡してしまえばいいと、そう思っていたのに。

「え、日陰お前手作りのチョコとかダメ?」

「無理ぃ。昔変なの入れたチョコ食わされてさあ」

 ……朝、そんな会話を聞いたら渡しにくくなってしまって、放課後になってしまった。

「みぃしぃまぁ」

「……何」

「んふふ、ほら、今日は何の日かなぁー?」

 だらしない顔だ。美形が台無しである。

「……はい」

 机の中の、自分のおやつ用のパイの実の個包装を一つ渡す。

「シャア! ありがとな!」

「それでいいのか日陰ぇー」

「パイの実で喜んでんじゃねえぞー」

 周りからはイジられてるが一切気にした様子はない。

(ほんとはもっとちゃんとしたの、持ってるんだけどな……)

 ぼんやりと、そう思う。でも手作りのものが苦手な子に渡すわけにもいかない。それなりにキレイにラッピングをしたが、自分で処理をするしかないのだ。


『これは僕へのお供え物じゃないねえ』

「……わかりますか」

『分かるよぉ。あれかな? 夏祭りでいっしょにいた子かな?』

「まあ、そうです」

 近所の神社。顔見知りの神様にお供え物として渡したがあっさりバレてしまった。

『渡してあげればいいのに。喜ぶよ』

「手作りにがダメって人みたいで……今日まで知らなくて」

『ふうん』

 箱を見つめている。

『じゃあこれ、僕が貰って良いんだ』

「どうぞ……。自分で食べるのも、昨日、作って余った分食べたので、気が向かなくて」

『そうかーそうかー。じゃあちょーっとだけ待っててよ』

「?」

 あっという間に、神様は姿を消した。ちょっとってどのくらいなんだろうと思いながら、スマホをいじって待ってみた。

「え」

 とす、と何かが手の中に降ってきた。それは、さっき神様に渡したはずの箱。

「んげっ」

 そして、妙な男の声。声の主を見ると、なぜか不動くんが地面に伏していた。なんで。さっきまでいなかったのに。

「……………」

「あの野郎ぶっ殺……は? 三島? なんで?」

「何ではこっちが言いたいんだけど」

「部屋で寛いでたらいきなり和服の野郎が現れてさ、蹴っても殴っても平気そうな面してたら腹立ってたうちになんかいきなりここに移動してなんだけど!? 何これ!? 神社!? 絶対お化けだってあいつ!」

「ああ……」

 そういうことか、と。箱を差しだした。

「ん?」

「『せっかく作ったんだし渡せば?』ってことだと思う。はい、チョコ」

「ちょこ」

 ポカンとした顔で受け取られた。ややあって、満面の笑みになる。

「マジで!? 手作り!? 最高~~~~~!!!!!」

「……手作り、嫌なんじゃないの。朝お友達とそんなかんじのこと話してたでしょ」

「三島が変なもんいれるわけないし平気~~~~! 愛してる!」

「……友チョコだよ。もしくは義理」

「本命ってことにしよ?」

「だめ」

「えー」

「文句あるなら回収」

「ふへへ友チョコで十分十分。やったね!」

 まったく、パイの実をあげたとき以上にだらしない顔だ。

「……そんなに嬉しい?」

「うん!」

 男の子ってそんなものなんだろうか。思春期になってから、男の子にあげたのなんて初めてだから分からない。

「くしゅっ」

 くしゃみだ。不動くんは今まで部屋にいたんだから当然薄着。この寒空の下でそれはキツいだろう。

「ほら、帰るよ。寒いでしょ」

「おう」

 ご機嫌で鼻歌を歌う不動くんと手を繋いで神社を出る。握った手は、それはそれは温かだった。

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